2015年03月31日

エピローグ


今年は桜が満開になるのが早かったね


咲きはじめから満開までの時間が短ければ

ソメイヨシノは白くなる傾向にあるそうです


そういえば幹によっては

やけに純白の桜があるように見えます




毎年咲く桜も

環境の変化で微妙に顔色を替えるんですね




生きていればこその・・






お知らせ。





突然ですが、長年ご愛顧いただいたこのブログ「人生の料理」

2008年からはじまり、2015年3月末日


サクラの花がすべて咲き誇り

それを維持しているわずかな時間のなかで

桜と共に終了しようと想います




7年間、689話いろいろ想うことを書き連ねてきました




最初はパソコンを覚えるため文字打ちの練習ではじめたものが

知らぬ間にエスカレートしてゆくうち

たくさんの方々に読まれていることを知り

止められなくなってしまいました


暗黙の読者たちに・・(笑)





すべて私の主観に基づいての話ですので

多少偏見もあったかもしれませんがお許し下さい





正直ちょっと飽きた、というのが本当のところですが

散々想ったことを言い放ってみたあとには、人生を語らず



ただシンプルに関わる人に対して愛を持って

人生により深みを増してゆく充電をしたいと想います



今はただ、それを皿の上に表現することに集中します






いずれまた何かの折に違う形にリニューアルして

別のニュアンスのものを書くかも知れませんが

その時はまた止めどなくわがままな話につきあって下さいね







長い間たくさんの方々にご愛読いただき

ありがとうございました。







間もなくこのサクラの花びらも綺麗に散って

薄緑色の若葉が芽生えるころには


爽やかな風の中

誰にも新しい1ページがはじまります







それぞれの日々のルーティンの中で繰り広げられる

切なくも愛おしい物語にココロが揺さぶられ・・


時にその複雑さに途方に暮れて

狼狽の淵に立たされ陰鬱な感情を抱き


時には限りなく凡庸でも

軽妙洒脱な中から発せられる優美な芳香が鼻先をかすめ


その放たれた若草のエキスを

より好みすることなく充分に吸い込んでみれば


やがて遠くへ飛ぶための翼幅は大きく広がって

旅の途中で人々の瞳の色は深みを増してゆく








誰もが一生涯

何かを追い求め続ける青年でありますように・・









そうすれば幾つになっても老け込むことはないね (笑)




何かを解った気になって、どうせこうだから

・・なんて小さく纏まり諦めることが多くなれば

人はどんどん老けてゆくんだろう




何かを視切って時間を経過するだけの

消化試合みたいな人生はごめんだよ




小さな要塞の、小さな安全地帯で、何にも触らないように

自を守るだけの人生なんて面白くもない




誰だっていろいろあって

ブレーキがかかるポイントはたくさんあるけれど

川の流れを止めた瞬間から、その水は濁りはじめるのだから・・


流れを止めるということは

すまわち変化しないということで


そこは一見静かで穏やかに見えるけれど

病巣がはびこりやすい場所となる





人生に勝ち負けは確実に存在する





勝ち負けなんてない、なんて

今時の小学校教育みたいな絵空ごとは言いたくない




そんなことがすべてではないが

ある程度のウエイトは確実に占めているのだから




それは自分に対しての内面勝負が主になるけれど

時には外への勝負に波及することもある




それが現実で、なぜかそうなってるのだから

いいか悪いかを論ずるだけ野暮な事実


少なくともこの社会では・・




それを真正面から受け止めるか

言い訳しながら横をすり抜け話を替えるかのどちらかだ




どの路チャレンジして戦えば良くも悪くも結果は出るし

チャレンジしなければ何の戦いすら起こらない




やるか、やらないか・・ただそれだけ


戦いもせず屁理屈を上塗りするだけなら寂しい路のりになる




何度も負けて、何度も勝って

徐々にコツを掴みながらレベルを上げてゆく




細かな勝負に勝ったときは、小さな達成感を味わい

負けたときは、潔く負けを認めて次に繋げればいい



その潔さがなければ、どんどん精神は歪んでゆくものだ



たとえ嫌でも目をそらさず正面から受け止めて

深く噛みしめてみなければ次の吉に繋げてゆけないもの




スポーツと同じで、それがずっと続くゲーム




休憩したっていい

時には試合放棄するのもぜんぜん自由




ずっとファイティングポーズでいれるならそれもいいけれど

戦い続けられたからいいわけでもない




なにが正しいかは誰にも解らない

人により、タイミングによる・・




でもいつだって必ず相手がいるのだから

想いやりを持って

相手の気持ちを痛いほど想像することだ




そう、何よりも人の気持ちを想像できる器だけは

夢の途中で必ず養わなければならない




ただただ優しさが必要なときもあれば

突き放さなきゃいけないことだってある




みんなお互い様だから、それだけ心得ていれば

踏み込んだ一歩を正解に替えるのは自分次第の旅路となる




だから若いうちは失敗を恐れず何度でもチャレンジして

勢い余りつんのめって転げてしまうほど走って走って

興味のある何かを探究しながら

自分という生きものを見つめてみればいいし




経験豊富な年配方は、年を重ね何をやり終えたとしても

人間まだまだなんじゃないかな?



人生にゴールなどない

あるとすれば自らが勝手に最終線を引いているだけだろ



ずっと、ずっと死ぬまで探究して

自ら変化し続けるための旅路



それをなにも力むことなくさりげなくやれたら最高だな











この先皆さまの物語の一齣に

アガペでの場面が出てきたら幸いです










やがて桜は散り、相変わらず季節は巡れども

人生の意味を知ることはなし








走ってる間のほうが、ほんとうは夢の中で

時々覚醒する瞬間はあれ、ほぼすべてがはっきりしない




それをもっと鮮明にしたくてまた走りだす





人は皆不安だから・・


その過程でいちいち理由付けをし、何かを解った気分になり

それをココロのよりどころにしたいだけかも知れないね




そもそも生きることに

理路整然と語れるような明確な意味なんてないんだろう




あるとすればこの骨身に伝う激烈な痛みと快楽の混ざり合った

圧倒的な感触だけ




その閃光を肌で感じ目に焼きつけるだけで

言葉では言いあらわせない生命の尊さは充分に伝わってくる




たとえ意味とか理由を確定したいとしても

そのすべてが正解で

そのすべてが誤りにもなりうるのだから・・




それは個々の境遇とエネルギー量により異なり

誰彼似たような話でも

細部が違えばその落とし所は微妙にずれるもの




そんな境遇の違う相手に対して

我こそが正義だ、これが正解だと言いたくなるのが

人間の、人間ゆえの、愚かさだ





正解は人の数だけあり、誤りも人の数だけある





だから、絡みあい縺れあい影響しあう過程で

道を選択するのはどんな時も自身の意志である必要がある



ぼやぼやしてると自分の意志とは違うところで

知らぬ間に人生が誘導され乗っ取られ

不本意にことが動いてしまうよ


それは不幸なこと

魂に選択の自由があることは幸福なこと


そこには同時に誰のせいにもできない責任が発生する




自分の価値は自分が決めるものだからね




そうやって自らの内外で取捨選択と離合集散を繰り返したあと


籠ったような自論でガードし

人も金も知識も物質も集めることをさんざん経験したら

そんな’集’で落ち着きどんどん頑なになってゆくのではなく


最終的には

それらを解き放した’散’で終われればおそらく快感だろうな




それはセキュリティーの固い要塞のなかに

理屈とわずかばかりの銭を持ちこんで閉じこもり

ちょっと安全な気分になりながら反りかえるような

裸の王様になるのではなく



どこからでも攻め込めるような野原に

ノーガードのまま立ちつくし

何も恐れないでいられるただの人になるということ







この桜のように、さらにパブリックに解き放して・・








やがて時は流れ



誰かのココロの中に残るものは

柔らかな温度を帯びたまま

泣き叫びながらただひたすらに走り抜けた


その人の気配だけ





可憐に咲き誇ったはずの


あの花の気配だけ






そう、いつだって立ち去るものだけが美しいのだから






あとには燦々と陽射しが降り注いだ若草の生い茂る野原に


ただ風が吹き抜けるだけ・・
















人生とは・・


エスプレッソとビスコッティーをかじり

甘さとほろ苦さを堪能していたら


たまたまその横に置いてあったグラッパの

そのキツいスピリッツを同時に口に放り込み


それであわててる間に


ただただ過ぎ去った美しい映像だけが

目の前を流れ去ってしまうスクリーンを

なぜだか遠目で眺めてるよう



でもその慌てた口の中をよくよく噛みしめてみれば

案外ビスコッティーとグラッパが

いい雰囲気を醸しだしてたりして・・



結局理由などなにもわからず終いで地団駄を踏んだままだけど

それでもやっぱりそんな意外な何かを求めてしまう






ただその道のりで一つだけはっきりと言えることは

苦しみよりも楽しみのほうが多いということ





そしてそれぞれの人生に与えられたその苦しみや困難は

必ず乗り越えるべきだということ





人生は残念ながら不公平で

その事実を受け入れてもなお越えなければならないことがある





それには楽しみで頭の中を埋め尽くした者勝ちだ

それは自ら意図して変換できるってこと





困難はいらぬ時に勝手にやってくるけれど

楽しみはいくらでもどんな時でも自分から探し出せるのだから



苦しみのほうが多いとしたら、ただ探してないだけだろ






もしも苦しみ癖がついてしまったときは

海とか山とか空とか眺めて美味しいものでも食べたあと


くだらね〜!って一度だけ吐き捨てたら

ただちにその脳髄に楽しみをドクドクと止めどなく流し込むのさ




たとえばとても笑う気にはなれないときでも

せっかくだからその瀬戸際をあえて愉しんでみることはできるし


そう想えば少しは笑えてくるもんだ




キツイときに笑えた分は

長い人生に振りかかる毒を克服する強力な免疫に変わり

自らの器を大きく広げてくれる



だから絶対にココロの泉を腐らせちゃいけない



それでも時に濁るのだけど

次々止めどなく新しい水を流し込めばまた澄んでくるものだ





それには不幸のなかに浸りながら頭を一杯にするより

幸せを手のひらに拾い集めて心に強く浸透させる





息を吸って吐いて

普通に両足で歩けてるだけで幸せだということ・・


誰かと話そうと思えば他愛のない話ができ

見たいものは見れて

遠目で気にしてくれている人が必ずどこかにいる

あなたを必要としている人が必ずどこかにいる




その当たり前の幸福を改めて見つめてみれば

その中にエネルギーの息吹はいくらでも芽吹いてる




不平不満に支配されてしまえば

エネルギーは魔界に吸い取られ、頭の中が複雑になり

そんなシンプルなことに気づかなくなるものだ




不幸に浸り、まるで被害者のような顔をしながら

すでにそこにある幸福を感じられないのなら


厳しいようだが実は自らのエゴイズムと怠慢を

あらためて露呈していることになるのかも知れないよな





何があろうが、たとえどんな理不尽の中に居たとしても・・


小さなことに感謝できない人生は

絶対に好転しないというロジックがある





劣勢の中、それでも感謝できたなら

枯れ井戸に水が湧き出すように何かが一つ開眼する




その聖水にはメッセージが沁み込み

ひとりひとり、誰ひとり、この自分自身ですら

必要で、大切で、価値のある人間であることを訴えかけてくる




ただ旅人はみんな未完成で

未熟さゆえの出会いと別れがあり



人間ゆえの素敵さと愚かさを

その光と影を同時に持ち合わせているだけだということを・・





その繋がりの中で

自らの骨身を磨り潰すことと引き換えに視つけだせる

サファイアやエメラルドが隠れている




安泰の中では絶対に視つけられない宝石がある




本当は人生に不幸などないのかもしれないね


あるとすれば不幸だと錯覚して思い込み

自分で自分を負の連鎖に誘導しているだけかもよ




だからどんなことがあろうが幸せしかないと想い込めば

自動的にそういう空間に入る








それでも、人生という旅路のスクリーンに映し出され

朝陽に映え、夕闇に溺れ

その激流に右往左往してしまう人間という生きものは

やっぱり愛おしくて愛されるべき生きものですね





愛は万能で全能で

だから愛なんて薄っぺらく簡単に語れるものではないけれど


自らの努力だけではどうしても埋められない隙間も

すべて包み込んで溶かせるものは

もはや愛というものしかなさそうだから








そうは言っても・・ガラス玉の指輪みたいに



愛のようで愛でないニセモノが

ここには多すぎるよ







本当は、自らを守りたいだけの

ただ、見返りを求めてるだけの


愛まで昇華できないそれを

愛だと信じたいだけの



悪意のないニセモノたちが・・






どんなに優しくても、どんなに調子よく楽しくても

どんなに誰かを思っている言っても

その性根がただ単に

自分が救われたいだけの執着や駆け引きならば違うし




何も言わなくとも、違わないものは違わない




それはただ個々の根っこから発している波動の輝きによる





受け入れ、許し、包み込み、与え続ける・・



言葉にすれば簡単だけど半端なことではない




もしもそれができたなら

他を追随させないほどの強烈な閃光を解き放ちながら

本物のダイヤモンドリングが現れる





そこには

肩をすぼめたような駆け引きも、しがらみもない


ただひたすらに解き放された強烈で眩しい光のみ






もしかしたら人は皆

スッタモンダしていろんな思いをしながら

人生という旅路を歩き続け

ソイツを探してるのかも知れないよね




自分の内側にも、外側にも・・




愛という名のもとに

たとえば命をも差しだせるほどの


その究極の自己犠牲を







気がつけば

もうこんなに遠くまで歩いてしまったアルケミスト達は

いまだ長い旅を続けている




乾いた街角にオアシスを見つけ

人の温もりに静かに微笑んで


ときどき通り過ぎる美しい景色に魅せられ

かすかに感謝の涙を浮かべながら


もはやなにも欲しがらない



だだ一つ

本物の、その無償の愛(agape)の湧き出す泉を探して



深い瞳を携えたまま

茜色の遠い空を見つめ



また、歩きだす









皆さまの旅路に幸多かれと祈りながら・・



















2015年3月吉日



agape chef 

真中 陽宙

















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新しい明日へ








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明治通りのサクラ











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アガペ カーザ マナカにて






























































































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2015年03月25日

欲すること、満たされること・・



飢えたときの水の美味しさ

一匙のご飯のありがたさ


他のことなど

もうなにも見えない・・




舌先から脳髄にかけて照らされた

最強ルクスの眩しい明かり以外

周りは黒い闇




それくらい六感に集中しなければ

中心線に流れる味など解るものじゃない




大切なことは

貪欲に欲すること・・

何かに飢えていること・・




欲していない舌はスマートで小洒落ているけれど

浅はかなイメージと思い込みのなかでしか感じとれない



それは着飾っただけの料理が本能に響かないことに等しい





すべての情報が遮断されるほど

一点に集中しなければ

奥に潜んだ本塊など見えるはずがない





飢えたとき、わずかな食べ物にありついたような

第六感が拓ける状態をあえてつくらなければね





だから何につけ

安易にものを見て思いこみと先入観だけで

そのものが何たるかを決めつけないほうがいい





一次情報は鵜呑みにせず必ず立ち返って

自分の足と目と頭で確かめること





ことの実相は同じものを何度も何度も繰り返し

練るように見つめなければ視えやしない





何かに満たされたこの街には

大きく実相を外した話ばかりが我が物顔でまかり通る



それは

豊かではあるが実は満たされていない者から発せられる



物質だけが満たされ、それで気を散らしているだけの

心はまったく満たされていない者達から・・




表面でしかものごとを見ずに

その浅い主観のまま雑然とことを進めようとするから

結果はいつだって大きくずれてくる



それは自らのココロの空虚さに比例する






たとえば、皿を洗うとき



皿を洗うための心で

自分と皿がしっかりと向き合えていれば

そこは満たされている



そのたかだか皿一枚に

たかだかでない上等な自分を向けられるところが

その人間のクオリティーになるんだろう




皿を洗いながら違うことを考えてたり

ただ面倒臭そうに速く洗えばいいと思っていたりすれば

波長はずれ

その粗さはあらゆる場面で相手を軽視する癖となる





簡単に言えばそういうことが

あちこちで垂れ流されているのだから・・





情報が多すぎて

目の前の小さなことに重きを置かず

フワフワと心を飛ばしてしまう


それは物に限らず、人間に対してでも同じ対応になる








この街でどれほどの人のココロが

本当に満たされているんだろう?





満たされるには

必ず何かを越えていなければ到達できないはずだから・・





本物は偽物・・偽物も偽物

それ程までに真の本物はそう簡単に見つけられない





本当のことなど

ガツガツと飢えた目で突き刺すように見つめる

その心眼が拓かなければ視えやしないのだろう






欲しがって欲しがってその情熱が過剰に振れて

やがて憤り疲れ果て

もう力が入らず八割くらいに戻したときのスッとする一点が

正真正銘そのものの芯だったりする




それははじめからぴったりと見極められるものじゃない




必ず何度も過剰に振れてから戻すことを繰り返し

徐々にその揺らぎを少なくする作業が必要になる




野球もテニスも、ゴルフだって、何度も素振りして実戦の中

コツを掴むのと同じ・・







貪欲に欲しがって、何度でも練り込まなきゃ

そもそもありつけない空間で


そこへ行くには険しくて厳しい道のりになる


三蔵法師と孫悟空じゃないけれど・・





だから楽をしたいのなら

なにも求めず、なにも欲しなければいいだけだ



ずっと低いトーンでさめざめとした評論をしながら

自分が満たされていない分は身を隠し他を攻撃して

ちょっとだけ優位に立てた気になればいい



またはもう何も求めないし、誰にも攻撃もしない、って

何かを悟ったようなことを言いながら

受け口も吐き出し口も閉ざして海の底の貝殻になるか・・



殻は閉じたもの勝ちで、もう誰も触れられないのだから

それが究極の楽


逃げるのも時には有りだけど、一時的にしといたほうがいい




それより人間やっている以上

あえて険しくても面白い起伏のある道を歩いて走って

ときどき休みながら踏みしめて来た靴底を眺めてみれば


きっといつの日か

本当に満たされることを知るんじゃないかな





それは仕事に限ったことではなく

すべてのカテゴリーに適用されるけれど


欲しがるものが形あるものばかりに執着すれば

発する波動はどんどん低くなるし


誰かに何かを与えられ、守られて

満たされているのだとしたら

それはいずれ消えて無くなるもの





自ら欲するから苦しくなり

苦しいから楽しみに替えたいと想う



単なる楽の中には、心を充足させる楽しみは見つからない






そしてこの自分はというと

路半ばで相変わらず揺れ続け

未だにもうこれで満たされたと想えたことはない・・


ときどき全部投げ出してもう楽になりたいと想うけれど


それでもいつの日か

その最強ルクスの明かりのある場所へ

たどり着いてみたいよ






その道のりは毎度険しく厳しくて

その山や谷を越えればやがて楽しみに変わり


やっとたどり着いけと想ったら

また別のポイントが気になりはじめ


そこをさらに練り込めばまた苦痛がきて

やがてまた楽しみに変わり


おそらくそれを生きてるあいだ中

永遠と繰り返すのかも知れない





それでもその地味な作業の一つ一つが

心の隙間を埋めてゆくブロックの1ピースとなり

じわじわと蓄積されてゆく


やがてそれらが呼び水となり

泉が湧き出せば


ついには内側から満たされる・・





それは決して与えられたものじゃない


自分で欲して自ら掴み取ったもの




そして一度内側から湧き出したその聖水は


永遠と枯れることはない
































ピラミッド.jpg

泉の湧く場所




PS//


満たされるための数式


この答え解りますか?



6÷2(1+2)



ちなみに1ではないようです。


四則演算において最優先されるものは?

和・差・積・商?



何度も見つめて一つ一つ練らなければ辿り着けない




そこへ行ける人は8%だって・・




この街の満たされてる人の比率と同じかもな?
































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2015年03月21日

春になるといろいろ



深夜1時の帰り道

最近健康のため歩いてる




天現寺交差点付近に差しかかったころ

右から左へバッタバッタ!

寺の一番高い銀杏の木にとまり

ガャオーッガオーッガァーガァー!



あれはキングギドラの声だ



出た!・・恐竜


・・見てしまった!




あれ絶対恐竜だったと思う




暗くて影しか見えなかったけれどだいぶデカかったし

飛んでるときバッタバッタ聴こえたし・・

だいたい鳴き声が恐竜だった







外苑西通りには車も疎ら

遠くまで見渡せる幹線道路の信号は

ずっと向こうまで気持ちいいくらいすべてが青


雨上がりの路面に反射して霞む、ムラサキの夜・・



人気のない真夜中の都会の交差点には

春の匂いがした



間もなくこの時間帯は

街路樹の花あかりに霞むサクラ色の夜へと入れ替わる







そんな春になるといろいろ出てくる・・






ちなみに俺は正常だったと思う


酒呑んでなかったし・・


ぜんぜん眠くもなかった




それとももっと根本的におかしくなったのか?






西の空へ飛び去るまで

しばらく木の上で鳴いてたのを立ち止ってずっと見てた
(正確に言うと叫んでた)





信じないだろうな




・・でも出たよ



ホントに



うそじゃないよ!






キジじゃないよ!


絶対!




サギでもない!


そんな華奢じゃなかったし






春だなぁ。






見せてあげたかったなぁ!


絶対あれは


・・いるんだなぁ、いるとこには







見ればわかるんだけどな


じゃなきゃ俺の頭が春みたいになっちゃうしさ






俺しか見てなかったんだからなぁ


なおさら怪しいか?




ドツボにハマってくるからもう言うのやめとくか?




いいよべつに


信じなくても





でもホントだよ!


ウソでこんなこと言ってたら


いよいよヤバいでしょ




だからね


ホントウデス。





え?・・でかいキジだってか?




それにしてはデカすぎだよ


しかもそんなもんこの都心にいないだろ




でもデカいキジより恐竜のがいないか?




てか恐竜のほうがどっちかっていうと


都会のどこかに潜んでそうな気がするのはなんでだ?






火吹けば完璧だったんだけどな










恐竜は火吹かないか?




え、じゃ・・火吹くヤツはダレだっけ?




だいたいどういう構造で火吹いてんだ?









ガスか?




ガスなら着火する火花がなくちゃいけないんだし・・




一回一回カチカチやって点いたり点かなかったりして




そしたら結局自分が焼けちゃって




ただのチキンになっちゃう!








さすがに自分は焼けないようにいい具合にちゃんとやってるか?




そりゃそうだよねぇ!









メンドクサ・・



















091.JPG

新牛蒡と山ウドを捲き込んだ甲州鶏のインボルティーニ

春の山里の生き生きとした野原見立て


地鶏じゃなかったよ!そんな小っちゃくない





028.JPG

ドンプ産仔鴨の低温真空調理と春のエキス


鴨じゃなかったな、あれは・・そんなもんじゃない

もっと大昔の荒々しい鳥な感じだった

だから恐竜でしょ?



恐竜焼くと硬そう

旨いかな?


でもそうなると最強のジビエか?




昼のうちは有栖川公園の土の中に埋まってそう









心配しないで


大丈夫だから




いつも、いついつも・・






ハ〜ァッ!


春ですね。




























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2015年03月13日

鎮魂歌



あれから1,500日


原発は再稼働されようとしてる・・




あれから25,500日


自衛隊を海外に派遣し蟻の一穴を開けたがってる・・





ダムの壁にひとたび小さな穴を開けてしまえば

その水圧でいずれ必ず穴は大きくなってしまうのが

自然界の力学




再びよほどのショックを受けない限り

もう閉じることはできない


かつてよほどのショックを受けて閉じたはずのものがさ





日本人はそれくらいの時間で痛みを忘れ繰り返すんだね


そこには多くの深い涙があったはずなんだけど







ゴーストタウンが生まれ、仮設住宅にはいまだ

どこへ行って何をすればいいのか判らない人達がいて


汚染水は知らぬ間に垂れ流され

そこには公表できないような危険な黒い海がある




それでも不幸を一部に請け負わせたまま

考えの本質を変えないでいる




唯一原爆を投下された国は

あの時どれほどの痛みがそこにあったのか・・




それでも語り部がいなくなってしまえば

痛みなどもう忘れられるんだ




そういうのってたったの100年も持たないんだね




目を瞑って自分に置きかえ

ゆっくり想像してみれば

どれほどの苦悩だったか少しは解りそうなものだけど・・





繰り返すことを煽り立てるのは

いつだってなにも痛くも痒くもなかった者達


アメリカの僕みたいなボンボン政治家には判らないらしい





正真正銘の自分の意志を持って自立することが

どこまでもできない国か


この国は巧妙に仕組まれ骨を抜かれた事実上の植民地だな





先日メルケル首相が来日したけれど


過去の戦争を悔いて、いろんな意見が国の内外にあった中

何度も何度も練って練ってその立ち位置を明確にし

反省するところは相手が解るまで反省して


今や宿敵だったフランスや他の近隣諸国と

友情を築き上げEUを牽引するリーダーになっている


またはきっぱりと原発から手を引く決断をした


その国とは対照的なツーショットだったな




ドイツは福島の惨状を見て原発全廃を決断したんだけど・・

その当事者が決断しないでいる



同じ人間のはずだけどね



想像力の鮮明さと、行動の速さ、切れ味の鋭さは

大人と子供ほどの差があるように見える




メルケル首相は内政干渉になるから

さほど突っ込んだことを発言しなかったけれど


本当は日本と共に

原発廃止のムーブメントを世界に発信したいんじゃないかな?


原子力で散々痛い目にあってるその国に

先頭に立ってもらいたいんじゃないのか?




そうなって欲しくない連中に支持された政権は

そこへ進めば自分が追いつめられる



結局は利権を担保にした自の保身だけだね



景気が先ってことなんだろうけど

昭和の成功体験を維持してるだけで、相変わらず

公共事業のばらまきと為替調整のイタチゴッコから抜けられず

一瞬ハイになれる錯覚に陥るだけの麻薬を打ち続ける




国の借金は膨らみ続け

最後の頼りは国民の溜め込んだ莫大な貯金だけ




どうにかしてその金を引き出し廻そうと目論む悪代官ぶりが

見え隠れする





そんなことよりも

活断層だらけで四方を海に囲まれたこの国には

原発エネルギーシステムは合わない


相性が悪いってことだよ




チェルノブイリは完全に人災だったけれど

日本の場合は人災とは言えない天災なのだから

いくら気を引き締め手を尽くしたって防ぎきれないのに




万が一再びどこかの原発がメルトダウンを起こした時のこと

想像してるのかな



その時の賠償と、失う土地と、世界への責任と

国民の精神的苦痛と

そういうすべての代償を・・




絶対大丈夫だという確約なんて何もないのに

大丈夫だということにしたい




そういうのをエゴイズムって云うんじゃないの?


エゴイズムはやがて父権主義へと移行する





あの大震災を経験しても学習できないければ

いったい、いつ原発麻薬から手を引けるんだろうね


あっちもこっちも麻薬だらけ



そろそろ薬抜いたほうがいいよ


相当な禁断症状がでたとしても・・みんなで我慢してさ





どんな時代の、どの場面でも

大抵の支配者は尤もらしい大義を掲げながらも

無意識のうちに個人的欲求が上回るんだね




その中でも私利私欲を抑え、かつてその大義を通した

数少ない一級品の指導者も世界には存在するのだから

利他と利己の分水嶺が一流とそれ以下の分かれ目になる





ただトップが決断すればいいだけだ


決断すれば

すべての人的エネルギーがその方向に向かい始めるのだから




腹を決めれば日本の知恵と技術なら

どうにでも別の方法を編み出して

代替えの新しいビジネスチャンスが生まれるだろうに





三流のサクセスストーリーのシナリオを描く行政官僚と

それに同期する経団連や公益法人等、裏のパワーバランス


大根役者の政治家は表舞台で踊らされ

その演劇会を遠目で観覧する元締めのアメリカさんは

笑いをこらえてる・・



黒幕の彼らと刺し違えるような筋金入りのトップは現れない





目先の利益(景気)も大事だけど

今生きてる人達がみんな死に絶えた後の

ずっと先の将来の日本人とか世界の人のために

今何をしてやれるかも少しくらい考えてやろうぜ


そのために今は少々不便なリスクを背負ったとしてもさ






大切なのは今生きる者達が幸福であること



でもこの次に生まれてくる者達のほうが

今よりもっと幸せにならなきゃいけない



絶対に!






そういうごくごくシンプルでピュアな話が

ごく普通に通ってゆく世の中にしなきゃね





自分のことばかり考えてるから

いつだって苦しいんじゃないの?

いつだって空しいんじゃないの?





光が訳のわからぬ角度に屈折してしまう

濁った水の底には


光は届かない






2015年3月13日現在

世界中に70億の人間が生存していたとして

100年、36,500日後には

この70億人の人生のほぼずべてが終わり、誰もいなくなる


そして違う7~80億人に替わってるのだからね




自分たちのたった100年のためだけに

この地球を汚さない決断をすることが肝なんじゃないのか?



そのために振り絞った知恵は

単なる保守じゃなく進化になるのだし

次の世代には有益なプレゼントになる




今の世界は残念ながら、進化=破壊だからね


勉強しすぎて人間のソウルを失ったインテリ達が

尤もらしい理由をこじつけてそれを推し進めてる



彼らを全部丸裸にしてみれば

そこにはキャッシュが現れるだけ・・それ以外なにもない




そういうのを裕福で貧しい人生って云うんだよ






悪い芽を根底に植え付けてしまえば

何も知らず生まれくる次の人間達は

それを連鎖させるしかなくなるのだから・・





もうとっくに自分がいなくなった100年後に

この街に生まれてくる見知らぬ子供達のこと

少しくらいは考えてやりたい






つまらない政治の話をして政権批判したところで

何にもならないけれど


ほんとに見ている空が狭すぎてズッコケるわ





歩く道が少しずつ、じわじわとずれてゆく・・


じわじわと知らぬ間にズレが進めば、もう戻れなくなった時

はじめてその重大さに気づく





福島はその重大さに気づくタイミングだったんだけど


70年前の敗戦で何かを誓ったはずなんだけど


それでも同じ道を進もうとする鈍感さったらない





これは島国日本の農耕民族独特の習性なのかな



なんとかなる、そのうちやる・・




今、目の前を走り去る獲物を狙うか狙わないか

瞬間的に判断して射止めるものは射止め

ロックして止めるものは

きっちりロックしてブレーキをかけられる緊張感



そういう狩猟民族の鋭い切れ味が欲しいよ




生きるか死ぬか、やるかやられるかで生きてれば

おのずと判断は速く

行動は鋭く研ぎ澄まされるし


なにか安心しきった生ぬるい環境に居続ければ

おのずとすべてが鈍くズルズルになるものだ




日本の良さと言いながら胡坐をかいてのぼせていれば

そのまま日本の悪さに入れ替わってしまうときが来る






日本人は優秀だと想っていたけれど

優秀なほど、もしかしたら・・



馬鹿なのかも知れないね





ムードと見かけに流されそんなものに感化されて

それを半数近くが支持するこの国の民も



同じくらいアホかもな・・。





鈍感なほど急速にこの空と海と山里を失ってゆくような


世知辛い世の中でございます







もう自分がいなくなった

100年後の空は

100年後の海は・・



やっぱり綺麗ですか?




200年後はどうでしょうね
















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2015年03月03日

プラットホーム



東京にある天然温泉の湧く大きなスパへ行き

散々いろんな種類の風呂を愉しんだあと

お待ちかねの高温のサウナに入り

誰が長くいられるかをなぜか見知らぬ人と競ってた


一人だけやけに折れない人がいたから意地になって居続けたら

98℃の中15分居てやっと勝利を収めたのはいいけれど

結局歩けないほどフラフラになり

シャワーの前で腰掛けてしばらく頭を抱え朦朧とした



ほんとにしょうもなく無意味な闘争心だ



坂道を自転車で上るとき並走する自転車がいれば

太腿がつりそうになりながらもペダルに力を込める

・・あれと一緒だ



風呂上りにはお決まりのコーヒー牛乳を飲んで

基本の形を作ったあと

のぼせた揚句に畳の休憩所で寝入り

気付いたら三時間も寝入ってしまった



帰り道・・

駅のプラットホームから見えた月は

冴え冴えとそして煌煌とした光を放っていた



その強力な月明かりと、この都会の灯りにも負けずに

いくつもの星が見てとれる奇麗な夜・・



さっきサウナで競った頑張りと

都会の灯りに負けないほど星が輝く頑張りは一緒!




・・じゃないな




そもそも星と対等になろうとしてる

そのおこがましさに我ながら胸やけがする






いまだ肌寒いけれど間もなくそれも抑え込まれるであろう

春へ向けたモッタリとしたエネルギーが潜む空気を感じとれた



枯木立の桜の幹はすでに無数の小さな蕾を蓄えていた




家路へ急ぐ人の群れはある引力に則りながら

巨大ステーションへと吸い込まれて

やがて朝になればこのプラットホームを起点に放出される



それは心臓が血液を押し出すポンプのようで

一定のリズムのなかで繰り返される



人間の心臓か動きはじめ生命がスタートする

その最初の一打ちを一体何者が叩くのかはわからないように

集団が動き出す最初の一打ちも

どこからの動力が作用しているのか誰にもわからない




ともかくひとたび動き出したものは

さほどの力を加える必要もなく動き続け

その流動に乗りさえすれば自然と流されてゆくものだ




それはおそらく集団心理の原理で

良くも悪くも動き出した者達はなかなか止められない




誰でもが生まれたときからすでに

その川の流れが目の前に存在して

どこかでそういうものだと納得し、なにも疑わず受け入れて

上手にそれに乗ることだけを考えはじめる




その順応性は

卵から孵ったウミガメの子が一目散に海へ走り出すさまに似て

生物学的な性なのだろうけれど

よくよく想い馳せれば不思議なものだよな



それが果たして良いか悪いかなんて

考えるキャパシティーも備わっていないうちから

すでに走りだしているのだから・・





動力は激しいうねりを伴いながら

何かにとりつかれたように先へ先へと進み

時に反発しては大きく反転し渦巻き

巨大なタービンを回してそこに発生する摩擦熱が

巨大なエネルギーを生み出すのだから得体が知れない





今や一駒を形成するそれぞれの目は

スマホを見つめながらも上手に一定の距離を保ち行進して



自由と夢はシステムに組み込まれ

愛と正義はバランスで計られる






ひび割れた路地裏のビルの谷間には誰の心にもある

何度も使い古し叩きのめされたような優しさが

かすかに残りくすぶっているのだけれど


ひとたび大河の流れに合流すれば

そのデリケートな部分すらシステムに呑みこまれてしまうから

誰もその枠の安全地帯から踏み出さず

本音と建て前えを使い分けるようになる




それらはすべて自己防衛からくるもの




仕組まれたような自由と愛の狭間にいる

視力を落とし想像力を欠いた盲者達は

インテリを気どりながら

決められた作業をひたすら辿るだけのロボットのようで

イレギュラーに対して対応をするイメージができないでいる




その青白く細長い指先は

低体温のわりにいつでも脂ぎって聊かの気骨も感じとれない





例えば・・

自己満足の幸せだけを満たしたい親達が取り巻くサークルと

システムにこだわるだけの学校と警察の

その狭間でリアルが動いているのに


関わる者達の感度があまりにも低すぎて

露骨に発してるSOSを拾えないでいる



やがて性善説が前提の中でイレギュラーははじかれ

弱いものが犠牲になりながら

ときに歪曲した最悪の結果をもたらすことになるのに


事後報告の記録を残すためだけにこしらえた

既成事実を材料に真顔で討論を繰り広げて

見え透いた意味のない反省会を繰り返すところにも同義する


すべては想像力のない組織や個々の自己防衛からくる結末




「私は心配で何度も電話しました。」

そういう風に何度も電話したからいいと思っている教師は


本質を見極めて連携しながら

効果的な方法を模索したのではなく

自己防衛からくる既成事実を作りたかっただけなんだろ
 



反省会のあと立派なシステムをこしらえて気が済んだとしても

結局そこにいる人間が薄く鈍ければどのみち機能しないのだし

システムなどなにもなくても

携わる人間が濃く鋭く速ければ結果は違ってくるんだろう

  


ただただ形を繕うことにとらわれて

それを作ったことで一端は処理できた気になれる

浅く乾いた社会



一端は一端でどこまでも気休めだから

それでは岩は動きそうもない





自らを戒めてみることをせずに

守られることが当たり前でそこに胡坐をかいてしまえば

不平不満ばかりで何にも感謝できなくなる


ココロがどんどん乾いたら

人の気持ちなど考える感性も余裕もなくなるものだ



それで「今はいろいろあってそんなこと考えてる余裕がない!」

って言い訳したくなるものだけど

自分のことしか考えない癖は

結局今だけじゃなく一生余裕がないココロの癖になる





ビルの屋上から砂漠の都市を眺めれてみば

遠いどこかの国にある泉の湧くオアシスの蜃気楼が現れる・・





しばらくすれば

どっかの呑み屋で、おつかれさん!の一杯をひっかけ

少々呂律が回らなくなったころ

何もなかったようにまた決まった路を辿り家路について


翌朝なぜかモヤモヤした煮え切らない気持ちのまま目覚め

システムの歯車を動かすためにまた一定の力で歩きはじめる




大切なことはなにも波風を立てないこと

事実上は荒波が立っていたとしても

立っていないことにしたい




全体がどうとかいうよりも

自に課せられた断片を埋め合わせることだけを考えれば

一番上手くいくと思っているのだから


それでいくと自分のこと以外余計なことは考えず

なにも言わないことがベスト




そういう分離した利己的な個が組み合わされて

組織という巨体を作ろうとすれば

いずれはその体のどこかに違和感を覚え

血流のバトンタッチが滞って動脈硬化がおこり

最悪麻痺状態に陥ったりするものだ




全体がどうなんて知ったことではないし

自分だけには危害が加わらずに歩き抜けられる人生が

幸運な人生!

・・ってか







目線の高さには前後左右に

人工的な物質の世界が繰り広げられているけれど

少しだけ目線を上げれば

そこには人類の手の及ばない果てしない宇宙が広がっている






やがて人は自らを守るために・・

表面上とってもいい人を一生懸命かたち作りながら


肝心なことはなにも語らなくなり

好きなものしか見つけなくなり

都合が悪いことには目線を上げなくなる




自己満足だけの幸せを追えば追うほど

この宇宙は狭くなるらしい




遠いどこかの国の

攻め込まれて支配されてしまった街の住人と

その不自由な不敏さは

そんなに大差はないように見えるのは気のせいか?





平和だと言われ羨まれるこの国がなりつつある姿

平和らしきもの・・






瞳の奥に

都会ではめずらしい奇麗な夜空を焼きつけたあと


サウナでのぼせた頭のまま

プラットホームから血流のように流れる電車に乗りこみ


その先の毛細血管のはずれにある、行き止まりの


旨い肴のある

狭い狭い幸せそうな場所へ


自分たちだけ・・

流れつきたい・・




















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2015年02月13日

春はあけぼの



朝が白々と明けてゆく


紫がかった雲が細くたなびくそのさまは美しい




間もなく春が訪れる・・








撒いた種が発芽する確率は低く

病気や自然災害や害虫にさらされずに成長して

良い実を付ける確率はさらに低い



それが自然界の法則



自然農法は農薬を使わず

その代わり地中のバクテリアや、ミミズや蜂や鳥や

そこに住むすべての生き物の生態系と食物連鎖を

自然な状態に戻し、正常なバランス環境の中で作物を育てる


その生態系の中で繰り広げられる昆虫や小動物や植物の

排便と死骸の腐敗までがバランスの中に組み込まれて

すべてに意味を持ち無駄の入り込む隙間がない





過不足と過剰浪費が局地的に偏る不自然なバランスの中で

不自然な生き死にを繰り返すのは人間だけ・・






自ら撒いた種は自ら摘めばいいのだけれど

いつの間にか全く違う話にすり替え自分を正当化したあと

その廃棄物を他人に摘ませようとする人



強がり虚勢を張る人ほど劣勢に立てば弱くて脆いものだ

残るものは屈折したプライドのみ・・



その先は誰が良いことをしたかではなく

誰が悪いか、どちらが悪いかという

ストレスの多い不毛な争いになる





穏やかな春の海にぽっかりと浮かぶ遠い帆船は


ひとたび風向きが替われば

なかなか抜けられないグレーの海へ導かれる・・




それはマクロな大海原でもミクロな入江でも有りうる




大地も海も、自然は生命を平等に育み

その道程で等しくリスクを与える




良い結果が伴わないのなら、命がけで良くなるように努めるか

もしくはお互いが納得してそれ以上触らず

綺麗さっぱり身を引くかの二択



中途半端に責任を転嫁しながら現在進行する

三択目に進むからおかしなことになる








癌細胞は最新の抗がん剤を投与して攻撃しても

20%は生き残るという


しかもその20%はさらに強力になって

増殖のタイミングを待つらしい



癌は病気ではなく超自然な細胞変質だと

何かで読んだことがある



例えばホクロをひたすらいじくり回していれば

いずれ癌細胞に変わるらしい



元々自然界に存在する表裏のようなもので

だから戦う対象ではない・・ということだった




なかなか難しくて微妙な話ではあるけれど

なんとなく理解はできる




そう言えば以前から、テレビで芸能人など癌にかかった人が

「癌に打ち勝って生還します!」みたいな宣言をするのを見ると

何か違和感を覚えた





テロリストを癌細胞に例えると同じ構造なんだろう



いくら空爆や地上戦で叩いても

そのエキスの20%は生き残り見えないところに潜伏する


しかも更に強力になりながら増幅のタイミングを待つ・・

それはアメーバのようにクネクネと形を変えながら

永遠と生き続ける



だからと言って叩かずにどうすればいいのかは

無責任なその文献には書いてなかったけれど


最終的には放置しろということなんだろう



そうは言っても放置すれば確実に癌細胞は増殖して

その土壌を死に至らせる可能性のほうが高いのだから

放置するにもあるテクニックが必要なはず・・





確かに意識や感情を介在せず、利権や思惑が伴わず

したがって互いの作用反作用が発生しなければ


元々その癌細胞は存在しながらも

自然におとなしくしていたかも知れない



それは本来もっともっと前にそもそも

という話になるのだけど・・




癌細胞を消滅させようと作用(攻撃)するから

反作用が起こり最強のパワーを持ってしまう



癌はなくなればいいと想うけれど

そもそも存在する



叩いても叩いても

どこまでも存在するものだ



それは昼だけが欲しくて

夜を叩いて消滅させようとしているようなものかも知れない



だから本来叩く対象物ではない

これはこの世の原理みたいなものなんだろう






自分で撒いた種は自ら摘めばいい


自我を振りかざし思惑通りにいかないからといって

まるで人のせいのように話をすり替える


そういう自らの姿を鏡に映し見てみないことが

潜伏した癌細胞を強力にさせる元になる




癌細胞は細胞の超自然な変質だとすれば

それは無くなるものではないのだし


その癌細胞が生命を力強く連鎖させる

根源にもなっているのだ



極論は癌細胞がなければこの世は存在してない、ってことだ



もっと言えば

仮に癌細胞が一時的にこの世から消滅したとしても

負荷のかかりやすい土壌環境である以上

必ずどこかの正常細胞が癌細胞に変質する



善人しかいない社会を創ればその善人の中の数%が

いろいろなしがらみの中で変質して悪人に替わるということ



悪人から見たら、善人のほうが悪人なのだし

そういう背反する構造がなくなるわけがない



だから癌というものは

取扱い要注意の必要悪ということになる



更には人をも殺しうる浄化細胞だとも言える



自分が正常だと思っているものが

すべて綺麗だとは限らないのだから・・




冷静な紳士のように振る舞いながら

理路整然とずれたことを語る人は異様なほど多いし



はたまた感情をむき出しにして

この社会では幼稚だ稚拙だと扱われ相手にされないけれど

正しいと想われることを主張している

報われない人だってたくさんいる



その正しいことすら個人の主観により異なるのだから

落とし所が難しいのだけど


純度の高い正しさを見つけるためには

一切の自我や

個人的、自国的、宗教的思惑や論理を介在しないこと





ともかく自我の感情からくる攻撃を餌に

叩けば叩くほどパワーアップする性質のものには

その餌を与えないこと



じゃどうするか?



おとなしく静まってもらうための部分治療ではない

体じゅう(世界中)一体の調整をするか?



もしくは無表情で爆弾を落とすことだ=!

・・って、そういうことじゃねーよな=?









莫大な医療研究費(軍事費)を費やして

単に医学界(軍事産業界)の利権が巣食うだけで

そもそも絶対に無くならない癌細胞を攻撃して消滅させようと

ナンセンスなことを考えるより


存在してもいいから鎮まってもらう方法を考えて

そういう自然環境をこしらえたほうがいい





足や腕や皮膚やホクロやどこかの臓器とか、又は精神に

集中してストレス(攻撃)を与え続けたり


他人にストレスを与えてまで自分の利益が欲しい・・

そういう個人や国の本質を変えるしかなさそうだね





人間が人間である限りなかなか難しいかもしれないし

それならばこの話はただの奇麗ごとになるのだけれど


仮にそれができたとしたら


癌細胞は癌細胞のポテンシャルを持ちながらも

癌細胞に変質する理由がなくなり・・中庸化するだろうな





人類が自然に癌細胞を鎮める取り扱い方を知ったとき

同時に戦争をしない方法も見つけられるのかも知れない





それはいつになることやら・・








春はあけぼの

やうやう白くなりゆく山際、すこし明りて

紫だちたる雲の細くたなびきたる・・





春はあけぼのがいい


そして宵もまたよし・・









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posted by 真中 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年02月01日

平和の呼びこみ方


松岡修造カレンダー、楽天で発注してしまった


なんか人気すぎて定価より値段が上がってる




この人は本当にいつもこのテンションなんだろうか?

ネガティブになることはないのかなぁ?

もしかしたら躁病だったりして?


いや、違うな、どう見ても心も体も至って健康そうだ




・・興味深い人だ





でもなんかホッとするよ






分かり切ったことでも

誰かにシンプルに言ってもらいたいときがある


しかもこれだけあっけらかんと言われればなにか心地いい



今は真面目なことを真面目に語られると拒絶したくなる時代



あっさりオモシロく言われるほうが

今時の世相にはスッと入るから丁度いい


それくらい話の核を掘りつめて読み解くというより

多くの人が雰囲気で話を聞く時代になってるんだろう


誰がどんな声でどんな口調で喋るかが大事らしい


そこが気に入らなければ

どんなにいい話でも聞きたくない




だから例えば同じことを松下幸之助に言われるより

今は松岡修造に言われたい空気が漂ってる




別に頑張るための理屈が欲しいわけじゃない


ただ、頑張っちゃおうかな?!

と想える切っ掛けとニュアンスが欲しいだけだ




誰もが難しく考えることを止めていってるし

考えたって埒が開かないことがもうばれてる


その先はたんなる言葉遊びになるのだから・・





でも大切なことは昔も今も変わらないんだろうから

その話を聞きたいか聞きたくないかは

時代に合った伝え方かそうでないかによる






こういう人を総理大臣にしたら

世界がずっこけてなんか憎めない国になるかもな



松岡修造がいつもあのテンションでなんか言ってて

超エリートの頭のいい連中が完全にバックアップするの


ほんとはそれくらいでいいんじゃないか?





日本はまだ平和だけど、そんなもの何かあれば一晩で崩れるし

もっと広い意味の平和なんて真面目に考えて調整したって

近づいて来ないんじゃないの?



この感じだとどこまでも争いがなくなるわけないのだから




どこかのタイミングでできるだけ多くの国や人が

大事な外交の場とかでユーモアを発揮してガス抜きしないとな



そこにはいろんな素敵な音楽が登場したっていい

そういうもので人の気持ちやニュアンスは変わるのだから・・





真面目はいいけれど

頑なさが同居した瞬間に胡散臭くなるんだし

その頑なさこそが争いの元になるのだから





松岡修造もだいぶ真面目で頑なすぎるくらい頑なだけど

どっかふざけてる


そこがいいんだよなぁ、きっと・・

ガス抜きが伴ってるから





パンパンに張りつめた風船同士が

相手を破裂させようと尖がったもの持って睨み合うより

完全にテンションの違う国が

どこかに一つくらいあってもいいだろ


しかも影響力のある先進国の中で・・



それが連鎖して二つも三つも同調する国ができればいいよな

まぁそんなに簡単にはいかないだろうけど


そんなこと超真面目に考えてしまうよ




この世界には

当たり前かもしれないけど

いい感じにふざけた国がどこにもない


ちょっとふざけてるのはイタリアくらいか?



所詮言い分はそれぞれ違うわけだし

自国の利益を守るためだけに真面目過ぎるんだろうな


すべての国が自分の言い分だけに対して真面目に主張すれば

もう争うほかない


主張するのは結構だけど

その中のどこかのニュアンスで笑わせてくれれば

ちょっとガスが抜けて結果が変わるかも知れない





一度まったく違う感性になって

概念の根本を変えたほうがいいんじゃないのか?



殺し合いで勝つのではなく

笑わせ合いで勝つ・・みたいなさ



お笑いはどこにでもあるだろうけれど

それはあくまでも民間レベルだし

国をあげてユーモアがないと意味がない



民間の中でいくら能天気に笑わせたって

国自体、政府レベルで他国を笑わせるくらいでないと

このいかれた世の中はダメになるだろうな





みんなで思わず笑ってしまうほどふざければいいんだ




そういうことを不謹慎だとか

低俗だとかバカだとか言ってるうちは

世界の平和は来ないだろうな




お勉強ができるだけのセンスのないインテリが

いくら真面目に真剣に事に当たり解析したって

人間同士が笑い合えなきゃ無理なんじゃないか?




もういい加減いやなニュースばかりでうんざりするわ




これはすべて極論なんだけど

そんな簡単な話じゃないからなおさら想ってしまう



複雑になってしまった現実をひっくり返す極論こそ

シンプルな真理だったりするのだから



それくらい世界中の頭の中が脱皮しないと

この世界はもう難しいのかもな





最後は、笑う門には福来るってことだろ


誰もが頭では判ってることなのに

そうもいかない事情があると言いながら諦めてゆく




結局平和を呼ぶ方法って

それを貫くしかないんじゃない?













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バックミュージックがなんかいい!これ誰の歌だろう?

・・ちょっと松岡修造、静かにしてほしい。























































posted by 真中 at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年01月28日

眩しい!

































松岡修造まとめ





















posted by 真中 at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年01月18日

中庸


ゲイラカイトがよく揚がりそうな

爽やかな風の吹く晴れ渡った空・・


だいぶ古いか?



日曜の朝

車の来ない道の白いセンターラインが光って見える





遠くのクラクションがビルに反響したけれど

不快な音とは感じない





当たりくじを引いたように

時々出逢う綺麗な朝に


普段は入れないミルクをたらした熱いコーヒーを啜り

カップの中をながめてた



色は中間色をとり

味はミルクにより丸めこまれてマイルドになる




それでやっぱりブラックのほうがよかった・・と思った




ラテもカプチーノもカフェオレも

いろいろな比率と状態を変えながら

美味しくする工夫を施されてるけれど


何度飲んでもそれを美味しいと思ったことがない


ただ自分がそういうぼやけた味が嫌いなんだろう



疲れているときに砂糖を入れるのは時々あり・・


これはただの好みのはなし




カレーライスはカレーとライスを一緒に食べるけれど

皿の上でぐちゃぐちゃに混ぜてから食べるのはいただけない


そういう食べ方をする人を時々見かけるけれど

わるいがそれを美味しいと思う気持ちがわからない



まぁ余計なお世話なんだけどさ・・



ライスとカレーを一緒に食べるのと

細部まできっちり混ざったものを食べるのは同じようで違うのだ


なぜなら混ぜることで美味しいお米のクオリティーと

カレーソースのクオリティーが

お互いの良さを打ち消し合い

もさっとした別の味になってしまうのだから





綺麗な朝の中、遠くでクラクションが鳴っても

圧倒的な気分の良さに覆われていれば


リズムのある音として聴こえるから

逆に心地よかったりするけれど


それを目の前で鳴らされたら

やっぱりいくら気分が良くても不快だろう



または車がガンガン走るどんよりと曇った蒸し暑い午後に

クラクションを聴いたら

遠かろうが近かろうがまた聴こえ方も違うはず



性格の違うものは

どの距離感なら心地いいのかその位置を捜しあてるか

それとも全部混ざり合った一体のものとして見るかで

結果の質感は大きく変わってくる






例えば意見の違うもの同士が

どちらかが折れるか

それぞれの中間をとってそこへ落とし込もうとしても

何かすっとしない



小さなことはそれで済むこともたくさんあるけれど

大局になればそれでは絶対に解決しないものだ





白は白、黒は黒としてそれぞれグレーに混ざるのではなく

一つのサークルの中で違いを認めて

影響し合いながら共存する


そういうふうに寛容する心が

最善の中庸へとつながる





曖昧に混じり合い妥協してぼやかせば

結局どこかにしこりをつくり

時間が経過した後にどの路噴火するのだから・・





それはそれぞれの意志を明確に主張しながら

なお相手を受け入れる器を持たなければ見つけられない

標高の高い道でもある




その道には中央を分離する壁はなく

路肩にはガードもない




高度な運転技術を必要とするワインディングロードに

ただ白いセンターラインがずっと続いてるだけ・・







この綺麗な朝が

この先もずっと


幾度でも訪れますように
















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最善の中庸


佐島の真鯛と山形からの有機野菜のポトフ








































posted by 真中 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年01月09日

ただひたすらに


台北の空は紫にグレーにオレンジ色が交互に並び

雨に向かうか晴れに向かうかは気分次第


そんなエキゾチックな亜熱帯の空の下

朝市には我先に品物を売ろうと大きな声が響き渡る・・




台湾は三度目だけど

短時間で行けるし料理が美味しいから

海外に行きたいけれど時間のない時はつい選んでしまう




昭和レトロを感じさせる古い街並みと、そこに蠢く人々からは

まだ自分が少年のころに味わっていたような

懐かしい熱気と活力が滲み出す



決して裕福ではないけれど、ハイテク化は進んでいることから

一般庶民とヤッピーとの格差が大きいことは伺える


その島の住人はどの瞳も綺麗だった



目先の生活に腰を据えて

ギリギリの線で切り盛りしている人ほどなぜだか輝いて見える



そこでは誰が上も下もなく

身分を隠し合う必要もない




皆お互いさまだから助け合い融通し合って

ただただひたすらに生きていた



何があっても今を埋めあわるための行動をしているので

常に物事の等身大を見つめているから余分な感慨に浸って

うるうると目を潤ませることもない



そこへいくと日本はだいぶ視点がずれてるかも知れない



くだらないテレビ番組が策略的に仕掛けて

人の心を揺らそうとしてるわざとらしさを感じることが

多々あるし・・

そうやって取って付けたように夢だ感動だと煽り立てる



感動なんて煽らなくても

飾らない日常の中にいくらでも潜んでる








台湾は常にリアルで、それでもそんなに余裕のない中に

少しだけ他人を思いやる気品を備えた雰囲気が

人々の背中から感じ取れるから


そこに一番強い光りを放ってるように見える




人は余裕があれば他人も思いやれるし

優しげな言葉も言えるものだけれど


余裕のないときに織り合いをつけて

それができるのかが本当の根の姿なんだろう




その姿はシンプルで潔いものだし

それは魂の純度とも言えるくらいに


どこかのリゾート地の海の透明度に似て

どこまでも透き通っているように見える




生きる上で不必要なことを考えれば考えるほど

瞳は濁りはじめるものだ





とうにひと皮剥けてしまった日本は

当然台湾にはないようないいところはたくさんあるけれど



何を求めて・・何を捜して・・確かめたくて

ただ今日も生きてる

そんなふうに空虚感が蔓延する




もしかしたら

目的の大前提を見失ってるのかもな




ひたすらに生きるというシンプルな目的よりも

もっと分散して個別に洗練されたものを捜して

傍から見れば一見かっこ良く進化しているようだけど


それを捜しきれずに

だからなんなんだっていう辻褄の合わない袋小路に突き当たる


それで抜けられないドツボに嵌まってる感じだ




それは余裕から生まれた歪みのようで

その余裕は本当は単なる錯覚だったりするから

ちっぽけなプライドの高さと現実とのギャップを埋めきれずに

ココロが病みはじめる




ハイライトはいずれ缶ピースに替わり

缶チューハイをスコッチに替えてあえて死期を早めようとすれば

もう何を言っても斜めのハナシしかできなくなる





余裕がなければ余計なことを考えることも少ないのだし

だからこの先進国に心の病が多いのは

その社会の余裕からくる歪みだ



この日本にはもはや生きるという太い幹を

シンプルに感じさせてはくれない複雑な空気が覆い尽くす



やがてその幹から遠く離れ

ゆらゆらと揺れる枝葉の装飾に気を取られて

その不安定なものを自の幹だと勘違いすれば

お天道様を見上げるよりも引きこもりたくなるものだ




スマホの中を飛び交う最終的な結論だけを拾い集めて

そこに到達した経過にはさほど興味がないのは

幹に関心がなく枝葉だけを見ているのと同じ・・




お年寄りがスマホを持つとボケるらしいよ


・・だからそういうことだ


あれほど人の思考力を退化させるものはない




頭のなかではとっくに出世して

全部解ってる気になるけれど、それは単にメカのおかげで

自分には根も幹もないことに気付いたときにはもう遅い




人差し指のスライドだけがやけに速くなっただけで

何かむず痒くてケツの座りがわるいのは

その幹に重心を置いてないからだろう





それでもうまくいけば

真新しい世界が開けることもあるのだから

一概に悪いことばかりじゃないけれど


そのデジタル仕掛けの手っ取り早い方法だと

結局は蜜を掴み取れる確率は低い



結果だけを欲しがれば結果はついてこないし

先走りして手っ取り早さを求めればいずれ行き詰る



デジタルの中に浸っているのだから

なおさらアナログを注意して見なきゃいけないのかもな






耳が遠いのかと思うくらい至近距離で放つ

あの大声は無駄にも思えたけれど


そういう風に瞬間的に無駄か無駄じゃないか

効率的か非効率かのセコイ計算をしながら

あんな声をとうに出す気もなくなった自分のほうが

よほどイカレテるし不純だと想った






食材は日本と同じく島国であることからか

新鮮な状態で流通している



食べ物はどれも美味しくて

味付けは自然で怪しい科学物質が一切含まれていないから

そこに住めば正常な味覚を保てるだろう



それでも飲茶以外は油が多くてだんだん食べ疲れてくる



三日もいれば美味しさよりも胸やけが勝ってくるのは

国民性の違いかもしれないけれど

その疲れ気味の胃袋のまま夜市に出向けば最悪なことになる

・・というは事後報告




日本に帰って真っ先に味噌汁にありつき

それで少し胃がほっとした


味噌汁ってスゴイ!




でもみんな勤勉で真面目で親切で、いい人率が高いし

外食で酒を呑んでる人をほとんど見ない

したがって酔っ払いもいない


年中深夜3時に街をふらふら歩いてる自分はちょっと恐縮した




なにより大震災のときに日本を真っ先に助けてくれた国だ




そんなに裕福な国ではないのに

莫大なお金を民間人が寄付してくれた


まさに自分が豊かではないし余裕もないのに

織り合いをつけて他人に差し出してくれたのだ




あの時の感謝は忘れないし

だから道行く人がみな愛おしく想えた




お互いさまだから台湾に何かあればできる限りのことはしよう

そう想っている日本人は少なくないと想う






愛は連鎖するし、その空気も連鎖する・・





好きなものは少々悪くても良く見えてくるし

良ければ更に倍くらいなお良く見えるものだ






この旅で

このかぶれたココロに気づかせてくれたことは




何があっても

ただひたすらに生きるということ




それが人間にとって

なにより尊い姿なのかも知れない





そういう高潔なものを

敬意を持つあの親愛なる国で見せられた気がする

















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2015年01月02日

謹賀新年


明けましておめでとうございます!

本日から4日まで営業しております。

5,6,7,8は休業し9日より通常営業しますので

宜しくお願い致します。









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2014年12月29日

THE HAPPINESS JAPAN!


寒色、むらさきの空


歩道橋の上からはずっと遠くまで

とは言っても、障害物に突き当たるまでは四方見渡せる


今年も今日を入れてあと三日

仕事は明日までだ


もういくつ寝ると〜なんて

毎日いくらも寝てない寝不足の日々が続く



今は、コタツに入ってミカン食べて

黒猫の頭をなぜながら大みそかの内容の薄いテレビを

だらだらと観ることだけを愉しみにしてる


紅白は松田聖子と明菜が出るとかで

そりゃあ楽しみさぁな


普段は紅白観ないけど、今年は観ようかな




だんだん小っさいことが愉しみになってきた


これはヤバいのか?

それとも自然の成りゆきかは解らないけれど

そんなことで満たされるなら

ハイブリットカー並みの効率の良さ



年を重ねるということはそういうことか?

いや、そうでもないよな・・






この寒空の下に犇めき合った街には

いいような顔した悪い人をたくさん見るし

悪いようでいい人も同じだけ出逢う



どんなに華麗に振る舞い奇麗に着飾ったところで

魂の匂いが臭い、姑息な人間がいる


どんなにダサくて見かけが悪くても

魂の香りが爽やかな人もいる



そうやって目を閉じて匂いで感じたほうが

もはや正しいのだから皮肉なもんだな



目に見えるものは違うことが多いから・・






人生は素敵な人と出逢うことがなにより大切なこと






そしてこの日本には

素敵な人がたくさんいるのだから捨てたものじゃないけれど


まだまだいい人が報われてないし

良かない人間が剃り返ってるのをけっこう見かけるから

しっくりとこない





遠くまで見通せるこの澄んだ空気でも

情報という障害物が多すぎれば逆に本当が見えずらくなる




本年もagapeをご愛顧いただき有難うございました

また来年宜しくお願い致します!




来年は良き人も、悪しき人も本当の姿が露呈されることを

このむらさきの空に強く願って2014'を閉じよう




この素敵な王国が

ずっとハッピーでありますように!












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2014年12月20日

ジングルベルも聴こえない


キーンと冷えた午後に

ビルの谷間から覗く小さくて遠い空が見える



この空の向こう側には

赤くひび割れた溝がある




それは時に

長い時間をかけて、ずれ続ける大地溝帯の裂け目にも見え

時に、海の底へ引きずり込むクジラの大口にも見える




相変わらず無差別に人を殺めながら

テロリストは今日も何かを主張したがってる


この寒空の中にすまして突っ立てるビルのパノラマ画面で

どこかの国の小学校を襲撃する映像を見てた




師走の街はカラフルに浮かれながら

誰もが速足で通り過ぎる・・




なんの教えを履き違えてるのかは知らないが

どっかの神の名のもとで大義を掲げるのじゃなく


せめて自らの歪んだ魂から発したものとして認めるべきだ



もしもなんの後ろ盾もなく

自分一人だけの意思だとしたら

絶対に銃を子供に向けることはできないだろうに・・



人間には最低限の良心が残っているものだろ

よほどのサイコでもない限りさ





同じ思いの人間が集団になり群衆と化せば

人は簡単に狂いはじめるのだ


一の考えや怒りが

人が集まることで二にも三にも増幅してしてしまう


そして何かのシンボルをこしらえて

たとえば彼らの言う神・・らしきものに

従いはじめたらもう戻れなくなる


自らの罪なのに

そのシンボルからの指令ならば

罪が軽減された気になれるのだから


都合がよく、とっても愚かだ





クリスマスキャロルは万能じゃないらしい・・




青と赤のキャンドルに火を灯して

危うい分水嶺をたどっているこの国だって


いろいろあるけれど

とりあえず平和のバランスを保てているのだから

それはすごいことなのかも知れないよね




自分にとって興味があることと

そうでないことをきっちりと分別して


角度も違えば、レベルも違う問題に突き動かされながら

いつものように、ありふれた夜がやってくる




一瞬のトワイライトに浮かび上がるクリスマスツリーは

LEDに包まれて、透明でスタイリッシュな輝きを放つけれど


昔みたいに、触ると熱い電球に

がちゃがちゃといろいろくっついてる

にぎやかで温かくて非効率なツリーのほうがよかったかもな





もしも今自分が

この空の向こう側にいたとしたら

こんなに素敵なクリスマスの夜に、自爆してるかも知れない




もしも我が子が殺されたとしたら

敵の子を、ただで置いておく自信もない





いいか悪いかより

気がすむか、すまないかの尺になるだろう





こんな安全地帯にいれば

美しいライムライトに酔いしれながら

聞こえの良さそうなことなんて、なんとでも言えるのだし

自分に都合が悪ければ

シャッターを閉めてしまうことだってできるのさ




殺されても報復してはいけない




そんなこと、安全な場所から覗き見てるだけの人間が

言えるだろうか?




殺されても、やり返しちゃいけない

殺されても、殺しちゃダメだ




遠くから評論してるだけの人間がそれを言えるのか?




それがたとえ

地溝帯の果てに放り出された

パンドラの箱を閉める鍵だとしても


近い誰かをやられた人に向かってとても言えるものじゃない






メリークリスマス!






自分は今

そこいらじゅうに転がってる楽しみだけを

追い求めることができるし

誰かの苦しみを見ぬふりで通り過ぎることだってできる




そしてそれくらいでいいのだとか思ってしまう卑怯な男





ただ、青い光のその向こう側の空には

赤い怒りがあって



銃を向けられた子供たちには

もはやなんの選択肢もない



それは事実なんだよな




だからさぁ、卑怯な男が馬鹿ズラ下げて

あえて言わせてもらうよ





殺されても、殺しちゃいけない

’憎しみ’というご馳走を与えちゃいけない



そうやって相手との次元を変えるしかないだろう

それが究極のはなし



集団の波に流されないで

最後には個人の意思がどちらに振れるかだけ・・





シャンパングラスの向こうに見えるクリスマスキャロルは

どこにでも鳴り響くわけじゃないのだから・・










agapeから

Merry X'mas!















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2014年11月30日

風の通り道


ようやく冬らしい冬がきた

これから年の終わりまで

猛スピードで走り抜ける・・




街路樹の葉もそろそろ落ちはじめれば

木枯らしに舞い上がり風の道を示す



遠くからゆらゆらと向かってきたらその風は

足もとでくるくる回った



乗るか乗らないかはこちら次第





風の通る道は、勝手気ままに見えるけれど

理由のない線はたどらないものだ





風は通り抜け、人も通り抜けて

今はまた新しい風に吹かれてる




出逢えてよかった風もたくさんある




あの風に出逢わなければよかった

そう想ったこともある



そんな風だとしても全部が悪かったわけじゃない

いつだってそういうもの



その中からは

拾えるものだけ拾えばいいけれど

そんな雰囲気を癖にしないほうがいい


波長は連鎖するのだから・・




勇気を出して、サッと飛び降り風を替えることだ





すべてに感謝しよう

そんな物わかりのいい綺麗ごとを言う必要もない



そんなこと言ってると

小さくまとまって老け込むだけだよ



ただ、すべてを受け止める必要はあるのかも知れない

そのあとは、通り過ぎた風にこだわらないことだ






もしも神様がいるのなら

ちまちまと手を合わせ

安いゴマをすって救われようとするよりは


あえて戦いを挑むほうを選ぶ



それは結局自分への戦いということになるのだけど・・





しょせん人間がこしらえた神など眉唾ものばかり

拝むほどのものじゃない


自分に都合のいいようにこしらえているだけだから・・



ほんものはべつのところ





ただ、いい風はいいなりの

悪い風は悪いなりの軌道をたどってゆくだけのはなし



この街路樹の路だって

右側と左側で吹いてる風は違うのだから




嘘のない優しさを、ほんの少しだけ持ち合わせたら


いい風を引き寄せよう

いい風を待ってそれに乗ろう



風はいつだって自然な軌道をたどってゆくもの










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アガペ カーザ マナカ クリスマスバージョン























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2014年11月13日

俯瞰


角度のついた淡い陽射しに

そろそろサクラの葉も色づきはじめる


今年は秋が長いみたいだね

街路樹の色づきもわからないくらいにじわじわと移ろう




寒い季節のオーブンの中には

できるだけ大きな熱を溜め込んで

たくさんの期待を詰めたら一気に焼きあげるのだけれど


あわてて焼くものだから

その高温のストレスで固くパサついてしまうんだ


過ぎた期待は熱量に変換されやすく素材を硬化させるのだから

決して外から重たい想いを乗せちゃいけない


それが鉄則



今まで散々素材を硬くして失敗した経験があるから

間違いのないはなし




ゆっくりと弱い陽射しに晒して

そんなに期待をかけないでほっておけばいい


たまには気にかけるくらいで信じて待ってる

それくらいでいいんだよ



ただ丘の上から街の景色を眺めてるように

ゆっくりと自然の速度で移ろい変わるなりゆきを見守る



忘れたころにはしっとりと瑞々しい

そして深くて実りの大きいものに変わってるもんだ




そういう長い周期の中でしか出来上がらない


いいものがある






ある到達点に向かうその経過で


「犬に噛みつかれても、いちいちその犬に噛みつき返すな」

長い目で見たら女神はどっちに微笑む?



そういうハナシでもある













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秋のアトランティックサーモンのティエド、秋の野菜と共に



45℃で火を入れることで

生ではないのだけれど限りなく生に近い

それでも食べると明らかに違いがわかるほど生臭みが消えて

ホロホロと淡いソフトな食感になるのです

唯一サーモンの繊維質だからできる調理法










プロスノーボーダー國母和宏が今カッコいい


國母和宏といえばバンクーバーオリンピックに出場した時

シャツを出してるとか服装がどうので叩かれた選手



あのとき連盟からマスコミから街頭インタビューの街の声から

みんなで若い彼をバッシングしてるのを見て不思議に想った


誰かがその場で横で注意すれば済んだような小っさな話だった


それを処分だ、記者会見で謝罪しろだとはじまったのだから

恐れいった



何でも右に習って整列することで安心感を得られる

お利口さんが大好きな国だと

たしかこのブログに書いた気がする



そんなことでいちいち叩くけれど、そんなに言うなら

真っ直ぐに並びながら他人の品定めをして

気に入らない者を排除したあと

いったいあなた達は何を成し遂げたんでしたっけ?


そんなシンプルな疑問があった



何か一点に打ちこんだ者は

その反動で何かを犠牲にしているものだ


あの浅田真央だって恋愛一つしてこなかった・・らしいよ



それは通り一遍のバランスを保つ人よりは

とても大変なことだと想うから、自然に敬意が生まれてくる





今やアディダスと契約した彼は最後にこんなこと言ってる

「スノーボードしかやってこなかったヤツだって思われたい!」

「シンプルにスノーボードにどっぷり浸かってそのまま消えたい」


認めてくれる仲間だけを信じてるからそれで充分

他に何がいるんだ?


ってことか




世間にはもちろんいい人もたくさんいるけれど

こちらが何もしてないのに

なぜだか噛みついてくるヤカラもいるからな



確実に言えることは彼は噛みつかれても噛みつき返してない



そんな犬はそもそも眼中にないんだよな



時間が経過したあとにどうなるかは

理屈じゃない本能で既に知っていたってことだ





カッコよすぎで泣けてくるぜ!





























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2014年11月06日

アラビアンナイト


エジプト、ナイル川クルーズ船で観光客向けに

一夜限りの料理フェアをした夜をふと想い出し調理しました



題して「ナイルの夜」



真鯛にカルダモンとサフランの香りを付けた男爵芋で巻き込み

こんがりと焼きあげます


その下にはふだんほとんど使うことはないバターで仕上げた

濃厚なジャガ芋のピューレ

これに関してはバターを加えた方が断然美味しい!


周りの緑色はその船内のエジプト人シェフから教わった

エジプトではポピュラーでさりげなくスパイスの利いた

モロヘイヤのスープを添えて





川の両サイドに茂るナツメヤシのオアシス

その外側にはどこまでも続く砂の王国


忍び寄るナイルワニと

風を切り走り抜けるナイトクルーザー



見上げたサザンクロスはいずれ


ピラミッドへと帰る














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2014年11月04日

灯り


冬を待つ東京・・


映画を観たあと

六本木ヒルズけやき坂から見た東京タワー


その傍には人のシルエット




LEDはノーベル賞の鮮やかに澄んだ光


東京タワーはレトロな昭和の光





人の発する自家発電は

今も昔も白熱球の熱を帯びながら

非効率でおぼろげな明りを灯す


ときどき強く

ときどき弱い




熱くなって無駄にエネルーを費やす割には

そんなに明るくもないのだけれど


それでもなぜだか温かく味があって

その非効率な光に魅かれてしまう





人の灯りまで


美しくスタイリッシュで冷たく味気ない


そんな進化した電球みたいに


ならなくていい



















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キジのテリーヌ















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2014年10月28日

「ありがとう」を言えなかった人へ


先日北海道旭川の食品加工会社の社長が永眠された


いろいろはなし相手になっていただいたし

自分のことをなぜだかよく頼ってくれた人だ


かつてホテルオークラのシェフを勤め

ロアラブッシュという

今では老舗のフレンチのシェフでもあった


後に地元へ戻り食品加工会社を興した


取引先はデニーズやレッドロブスター、大戸屋から

銀だこ、コムサ、うどんチェーン、ドーム球場の売店

更に通販ショップや、ホテルオークラをはじめとする

全国各地のホテルのソースベースや付け合せ、他

とにかくありとあらゆるジャンルの商品開発加工販売を

幅広く手掛けていた




つい最近まで、そうこの間の夏の終わりごろだったか

いつものように次の商品開発依頼があり

「レシピ出すからちょっと待ってて・・

・・あぁ頼むは」

そんな会話を電話でしてたところだった




ちょっと腰が痛いと言い出し軽い気持ちで病院に行き

入院した時にはもう手遅れの末期癌だったらしい

それからたった一ヵ月で逝ってしまった


その間本人から口止めされていたらしく

誰にも知らされなかった


一度こちらから電話したとき

「どうしたの? 具合悪そうな声だして大丈夫?」って

まさかそれが最後になるとは思わなかった




訃報を聞きお通夜に駆けつけ亡骸の顔を拝んだのだが

共に話してた時の威勢のいい笑い声がまだ脳裏に残っていて

正直ピンとこなかった

あまりにもあっけなくて涙ひとつ出てこない



みんな泣いてるのをぼーっと遠目で見てた



翌日の告別式でもう一度顔を覗いたとき

本当なんだ、ってまじまじと見つめはじめて涙が一つこぼれた


「パッと居なくなるなんてカッコよすぎだよ」

「ケータイのアドレス、消さなきゃいけないのかい?」

他に言葉が見つからず仕方ないからそう言っておいた


彼自身突然の厳しい運命の宣告を

どんな気持ちで受け止めたんだろう


それを想うと苦しくなる



自分より20も年上だけど

失礼だが友達のような人だった



自分にとっては本当に精神的に大事な人だったんだよな



あれから一ヵ月近く経ち

あまり考えないようにしてたのだけど今頃になって

大切な人を亡くしてしまった空虚感がそろそろと襲ってくる



またしても居なくなってはじめて気が付くパターンか?

何度そういう目に遭っても学習できないでいる


後になってああすれば良かったなんて後悔しても遅い

だからってなんでもない時に

居なくなることなんて想定できないものだ



いつも勇ましく戦ってる男っぽい人で

七回転んでも八度目であろうが必ず起き上がってる人だった


「真中さん!

これからどんどん良くなるからもっと手伝ってよ!」

いつも決まって口癖のようにそう言ってた


酒を呑んでも永遠と仕事の話だけだったけれど、その合間に

熊撃ちや鹿撃ちの同んなじ話を何度も聞かされて眠くなった


そのどこか野暮ったいけれど濃くて太い生きざまは好きだったし

義理人情が厚くて裏で人の悪口を言う人間を極端に嫌っていた


それが彼の人付き合いの

そして人を信用するかしないかのバロメーターだったらしい


前に一度「真中さんは人の陰口を言わないから好きなんだ」

そう言われてとっても嬉しかったのを想い出す


仕事のパートナーではあるけれどすべてを言わなくとも

お互いどこか空気振動で伝わるような暗黙の了解があった


自分の想う美学に正直に生きた立派な人だったと想う




人は嘘のように夢のようにあっけなく突然いなくなる




それをいままで何度経験したか分からないけれど

その誰もが、何かに情熱を注ぐうしろ姿とか

余分なこと言わないけれど愛をもって接してくれてた空気とか

なにかの温度を残してくれるんだよな


それだけでも宝もののよう・・


おそらく誰のココロの中にも残ってる

もう触ることのできない宝ものは

今を生きる人から、これから生きる人へと果てしなく連鎖する



それぞれのかけがえのない人は人生の節々で

目を閉じればきっとそこに現れて

虹の架け橋を持ってきてしっかりと支えてくれるはずだ



そうやって誰かの記憶の中にメモリーチップが残っているうちは

完全な死ではないんじゃないか?


その人を知るすべての人が死に絶えて

メモリーのデータが完全に消去されない限り人は死なない


自分はそう想っている


逆に言えば自分を理解してくれていた人の死は

まだ生きている自分の一部分が

仮死状態になってしまったようで

体のどこかに穴のあいたようなその空虚な脱力感たらない





人は隔離された空間にたった一人では生きられない

誰かに認識されてはじめて

一人の人間として成り立つのだから・・



人間は元々寂しくて寂しくて

誰かに認識されたくて、理解されたくて、認められたくて

そして愛されたくて仕方ない生き物


誰かが必要だし、誰かから必要とされたい



どんなに強がって違うようなことを言ってみても

人間の本質はすべてそこからくる


人間の行うありとあらゆるの努力の原動力は

すべてそこからくるのだ



ちょっとした紐の掛け違いで

うまくいかなくてグレたり、屈折したり、引きこもったり

終いには怒りに変わってしまったり・・


だからそういうの解ってあげる必要がある



それでも人はそう簡単に認めてくれないことを知れば知るほど

長い時間をかけてせっかく理解してくれた人を

一人でも失うことはとても大きな痛手になるのだろう



去らなければならなくなった人はそうやって

関わった人の中に、生きた痕跡を残すのと引き換えに

相手の魂の岩礁をざっくりと削り取って温かで残酷な標をつける


そうやって生命の連鎖は繰り返されるのだろう





今まで本当にありがとうございました


あの時の言葉を

あの時のココロを


今すべて理解しました



認めてくれてありがとう



どうかその魂に伝わりますように・・




あなたは確実に

この私を幸せにしてくれました


出逢えたこと

感謝します



あなたのこと大好きでした



追悼の意を込めて

伝えられなかった心をここに印す




天国への手紙として


あなたが生きた証として


永遠に消すことはない大切な想い出として・・























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2014年10月25日

ジビエ


今季初ジビエはキジと山鳩!

もうそんな季節ですね


雷鳥、青首鴨、山ウズラ、イノシシ等も徐々に入荷します

もっと寒くなればなるほど味に深みが増します


真冬の味覚!








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ジビエの中でも一番毛並みの美しい雉






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山鳩







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蝦夷鹿








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青首鴨サルミ














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2014年10月23日


「潮」

生きてゆく上で欠かせないもの


一番ウマくて一番マズいもの


塩は使いようによるってことです



かつて海だったところが地層の隆起で現れた岩の塩

これが世界の食用塩の60%を占め

塩湖(ウユニ塩湖等)からとる塩は10%程度

一番多そうな海塩は30%程度だそうです



日本は海に囲まれているから海塩が多いのかもしれないけれど

世界的に見るとたいがいは遥か大昔に干上がった塩を

使ってるってことですね


うちの塩はこの4種

特にイスラエル、死海の塩(湖塩)は今一番気に入ってます


アンデスの赤い塩「ローズソルト」は最近メジャーで

レストランでは使ってるところも多い


インカの6000年前から受け継がれた

地下塩水を汲み上げ三千枚の棚田で

アンデスの太陽と風に吹かれ天日で干した

標高3000mの汚れなき天空の海

そんなストーリーのあるインカ塩もいい


あとヒマラヤ5000mから採掘した希少なマグマ塩は

硫黄の匂いがするおもしろい塩で

卵にかければ温泉卵の香りになる



更に自分で作る創作塩は

赤ワインに漬けてから乾燥させる赤ワインメルロー塩や

トリュフ塩なども作れます



料理により使い分けると味のニュアンスが多彩になりますね













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ハロウィン












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