2017年10月24日

蜘蛛の糸


台風も過ぎ、久しぶりの秋晴れに

東京タワーもいつになくくっきりと浮かび上がっている


太陽光と澄んだ空気はやはり気持ちのいいもので

長雨で閉鎖的になった心を自然に解放させてゆく


もらい物のサルデニア島の焼き菓子をかじり

よく言えば素朴だが、やはりちょっと野暮ったいな

なんて勝手なことを思ってた




一匹の蜘蛛が白い壁を這い

それをずっと目で追っている




立ち止まってからの時間が長すぎて

とうとう見飽きてしまえば

今度は小さな窓から見える

広くい空を眺めながら舌なめずりする黒猫に目を移す



蜘蛛と黒猫と、そして私がいる



この三角形の真ん中にサルデニアの菓子

それらを遥か上から眺める秋の空で

やけに底面が狭く、背のい

三角錐のピラミット空間が形成される



狭いものと広いもの

小さいものと大きいもの

いものと低いもの



異質の物体が混在し

それらを線でつなぎ、立体空間となって

人はその中でなにかを想い・・


おそらく猫も蜘蛛も、またはあのい空も

微かな電気信号らしきもので何かを察し交信している



その裏を緩やかに控えめに

時だけがずっと等間隔で流れてゆく




”この中で人がいちばん愚かである・・”


そうあらためて感じていた朝




我が愚かさを一度は恥じてみるのだが

カンダタのごとく自らの罪を忘れ

やはり自分だけが救われたいのなら

細く弱い蜘蛛の糸を伝ってあのい空へは登ってゆけない



風が吹いて振り落とされ

終いには皆で一斉にしがみつき

案の定その重みで細い糸が切れてしまえば

また罵り合う



誰もがずっと足を引っ張りあうこの地獄の住人



偉そうなことをいくら語ろうが

人はやはりどこまでも愚かである



ここはそれを認識するための場合かもしれない

勘違いしていい気になるものだが

人はまず自らの愚かさを認めなければ次に進めない


馬鹿馬鹿しいと、無視して進んでみれば

やはりいつでも糸は切れてしまう


ただ切れるタイミングが、今すぐ切れるのか

かなり年月が経過した後に切れるかの違いだけである


どの路切れるものは切れる

残念ながらそうなっている


そして切れないものはどんなに危うくとも切れないものだ


他を助けることだけが

結果的に自らを救う唯一の道・・か


それは自の損得勘定が先に立てばもはや本質を外している

その紙一重の違いは天地ほどの差がある


そして判った気になりながらその綺麗ごとを語り明かし

酔いしれる偽善者も沢山いる


たいがいは欺瞞であり

結局のところ我が身だけが可愛いい眉唾ものであるが

テスト用に暗記したワードを唱えるように

誰もが決まって”人様のために” を鼻につくほど強調する


文法だけを先に無理やり覚えさせられた

中学校の英語教育みたいに機能しない型だけインプットし

実戦で機能する肝心の真心が

取ってつけたようなガラスの飾り物に入れ替わる


そういう風に後づけで

無理やり自己暗示にかけているものは偽物である


ずっと誰かを裏で批判しながら理路整然と自らを正当化し

全エネルギーをそれに費やすことに終始するが

表向きは完璧に着飾りどこまでも世のため人のためを装う


やがて自分で自分を欺く

自己欺瞞同士が連鎖し共鳴すれば

暖かいように錯覚する冷たい風の渦をつくりだす


その様は確かに滑稽である





季節外れのこの台風は

瞬時にあらゆる方向へ風向きを変え

一体なにを連れてきて、なにを持ち去ったのか?





この連鎖こそがこの世を貧しくする正体であるが

だからとて、人間の置かれた境遇を鑑みてみれば

なにが正しいか間違えだか解らぬ場所で

そこには個々の必死な想いがあり

歯車のなかで抜けられない苦しみがあり

頑張っていても空回りする切実な悲しみがある

その中に意地らしさも味わいも生まれるが

そんな感傷に浸っていられる余裕もないのが人間だ

内面はチグハグでガチャガチャなのに

安定的な表層を繕うことを優先する

それを一々細々と責められるものじゃない


多くの人は、他人を責める場面もあるが

自分のことも責め、もがいているものだ


同じ一人間が、お釈迦様にでもなった気分で

その様をみから覗き込み拒絶してはいけない


地底に足をつけて

見渡す景色をゴックリと呑みこみその苦汁を舐め

どうにかして苦味を旨味に変えながら

誰もが立っている最低面を上げてゆく必要がある



他人も愚かだが、自分もあきれるほど愚かである

その両方を呑み込むことを初期設定にしなければ

空回りする



なんとか自分で自分の愚かさを許し

同じように他人も許してあげなければ

すべてが同じ場所で空回りする嵐に廻され

道を見失い前へ進めなくなってしまうものだ



自分は愚かではないが、他人は愚かである

その構図を意図的にこしらえたとき

人は間違いを起こすのだろう



自らの野望を、まるで他人様の希望としてすり替え

元々存在する苦汁を ”排除” すれば

それもまた本質を外し綺麗ごとを見せかけただけの

浅はかな偽善者の証



蜘蛛の糸は

人が人に対して上から垂らしてあげるものではない



救世主は空からは降りてこない

地底から這い上がってゆくもの



それは一個人の

スーパーマン気取りにより成されるわけじゃない



同時多発的不特定多数のごく普通の人々によらなければ

この世の底は上がらない









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政界に吹く風は元々政治家が作るものだが

真横で大きなウチワを煽っているメディアがいる

火のないところに煙は立たないが

一度立った煙はその扇ぎ加減一つで

小さな火が大きくなり、大きな火が小さくもなり

風は意図的に誘導され次々向きを変えはじめる


すべてを同じ力で報じるならまだしも

その力加減はメディアの意のままである


あらゆるアラを探し追求するメディアこそ偏見にまみれ

意図的に印象操作をしているようだ


それは視聴者(国民)を洗脳していることになる

正に正義の味方気取りの欺瞞であり偽善の姿がそこにある


マスメディアのレベルが低ければ

この国は大きな損をする





















posted by 真中 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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