2017年09月28日

ババぬきと、どこかの国のパラノイア


すっかり空もくなり

透けるように浮かぶ薄い薄いイワシ雲が赤く染まっていた


遠くのクラクションがビルに反射して響いた


警戒しながら塀を伝う差し足の黒猫


ブルーグレーにけむる街に

信号のグリーンだけがやけに際立って浮かび上がる


夕闇迫るころ

都会の殺到のなか一筋の冷たい風が頬を滑れば

微かに

やがて来る冬の匂いがした




家路へ急ぐ背中と、街へと繰り出す背中

いつものありふれた夜がやってくる




そこにはそれぞれの細かな事情がうごめき

みんな重たい荷物を抱えながら

なぜだか明るい顔して通りすぎてゆく




ささやかで、強くて、弱くて、

哀しくも切ない、

愛おしい人たち・・





極悪人か、悪魔か、

それとも英雄?、いや神か?



それ誰が決めるの?



どの岸から見た、正義と悪ですか?

こっちの岸? それとも対岸でしょうか?



立つ岸により、正義と悪は逆転する


でもそんなことはもうどちらでもよい





警戒して塀を伝う忍び足の黒猫


赤い空


ブルーグレーにけむる街に

信号のレッドだけがやけに際立ち浮かび上がる


夕闇せまるころ


遠くの爆弾がビルに反響して響いた


一瞬の閃光・・一筋の強烈な熱線が頬を滑る


・・闇・・





彼は核のボタンを押したらしい

どこかの国のパラノイア





ささやかな名も知れぬ暮らしが、一瞬で消えた

正義という名のもとに・・



ささやかな暮らしが、愛おしく素敵な人たちが

私と、私の大切な者たちが

すべて消えて無くなった



先に仕掛けたのは誰?

その正義は誰のものだったの?



今さら想い直したところでもうなにもない



そう、あの時だって同じ・・



このババぬきはこの先もまだまだずっとやるのですか?



いつの世にも出没する

どこかの国のパラノイア



被害妄想、民族浄化、差別、排除、利権、征服欲、

高慢エンペラー、サタニズム、大量殺戮、サイコ、

硬い硬い偏狭思考



俺様は、すべて正しいのである



その思考回路は

どんなにパラグラムを駆使しても、もうわからない



誰にももうなにもできない



この美しい地球を破壊するパラノイアは

いつだって、どこにだっているのだ

大きい世界にも、小さな世界にも

そう、目の前にだって・・



こっちの岸でそのカードを引いたのなら

そのババはもう一度引かせて元にもどすか、

カードの散乱したテーブルをひっくり返し

火を放ち消し去るかしかないね



意見の違うものとなら喜んで話し合う

ただ頭のおかしいものとは交渉しない



対話して考えを変えさせようなんて

本気で思うのなら・・可笑しい



ババはずっとババ・・

ババでなくなることはないからババなのだ



たった一人のパラノイアで

いつの世も

人々はそのババぬきからずっと抜けられない



そんなつまらないゲーム

最初から誰もやりたくなかった・・



怖くて寒くて眠れない夜に

あの空へ君をもう一度連れて行きたかった・・



遠い大国の兵隊は

相変わらず我こそが正義であると信じ込み


”私たちはずっとあなたと共にいる”

”この恨みはきっと晴らしてあげる”


・・だって

・・ずっと言ってろ





でももう

みんないないよ





次があるなら

今度は違う次元の世界にゆきたいね











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この国は今何をすればよいのでしょうね?


この状況においてもまだ

保身に明け暮れ、すぐに話をすり替える帝王が


この国、守れますか?


政治ショーもいいけれど

核が一つ落ちればすべて終わりです


喜ぶのはロシアと中国と

そして、実はアメリカにも少なからず利がある


もしも戦いを回避し対話したところで

もはや相手は強力な負の力を既に保持してしまった


交渉カードとして

そのババがどうしても欲しかったのですからね


お人好しでいい人ばかりのこの国は

さらにドMになってこの先ずっと

好きなことを言われ、やられっぱなしになっても

その不条理に耐えてゆけるのでしょうか?


もしくはこの下等な世の中では

”希望、希望” と聞こえのいいワードを並べながら

骨格のない夢に浸るまえに

やはり誰も歯向かえないくらい

強くなければならないのでしょうか?


どちらに行くも修羅場です


すぐ隣にパラノイアがいる限り

とうとう本当に国防を考える時がきてしまいました

幸運にもこの国は

たまたま差し迫った危機に晒されてこなかった


今後相変わらず夢のような綺麗ごとを並べたて

駄々っ子のように空っぽの平和を唱え

何にでも反対してゆけるでしょうか?


特定機密保護法案、共謀罪法案、

自衛隊法改正、集団的自衛権、憲法改正、安保法制

すべて個々にリスクを伴うが

国家を守ろうとするとき、これらをどう考えますか?

もしくはこの程度の法改定で足りるのでしょうか?


今のままがいいから

やはり波風を立ててほしくないですか?


何も変えないでほしいのなら

例えばテロ攻撃で身近な誰かになにかあったとき

”遺憾に思う、強く抗議する” しか言えず

どこまでも事後的な手当てしかできない国家に対して

誰も責められないでしょうね


安倍政権を基本的に支持しませんが

方法論は無謀だが

やろうとしていることは理解できるところもある

情勢変化に間に合わないから急ぐのでしょうね

強行裁決だろうが決断して進めなければならない事がある

国民の命を守るために


実際の脅威に直面したときは

こんなものではまだまだ足らないでしょうね


大国についてゆけば身を守れるという神話は

もはやパラノイアには通用しない


情勢変化に応じて大国の目を気にせず

この国独自のフリーハンドの指針を持たなければ

事実上対応できないでしょう


上辺だけかじりゆらゆらと風に揺れる

報道番組やワイドショーも

政権よりから売国まで、偏見に満ちた新聞社も

日本のマスコミは一体なにを正義としているのでしょうか?

数字取りのクラゲばかりです


日本を取り巻く危険な情勢は急速に変化するけれど

日本人の心だけがずっと自らの平和に溺れたまま

自らの権利に溺れたまま・・


自分はリスクを負いたくないが、守ってほしい

リスクを背負うのは反対・・守られるのは賛成

この矛盾がすなわち平和ボケと言うのでは・・


誰もが気付いているけれど

見ぬふりをしていることがある


なにかズルくないですかね


アメリカと同盟関係を維持することは当然必要だが

アメリカに近づき過ぎればまた負の連鎖に巻き込まれる

いつまでも金魚の糞みたいに

明確な自の意志を持つ国家として独立できないまま

ずっと追随してゆくしかできないのでしょうか?

この先100年200年、さらに先の何世代にも渡り

この国の安全を保障するには

抑止としても強力な軍隊と、そして核を

もはや自ら持つべきなのではないでしょうか?

国際社会は懸念するでしょうけれどね


これは個人的一意見です


今後もずっと愛と平和を訴え続ける必要はある

ただ、それだけで

夢の國へゆけるような世界情勢でしょうか?

核廃絶、戦争のない世界を、テロのない世界を・・

理想に浸っていられるならずっと浸っていたいが

現実はどうでしょうね


人間という生きものの本質からして

無防備のままで本当にそこへたどり着けるでしょうか


戦わないためにもそのオプションを持つ

世界共通認識の一見矛盾したような抑止力観念ですが

それは案外、

人間の本質をついているのではないかと想います

すなわち俗に言う恐怖の均衡です

そのきわどいギリギリの分水嶺に立つことでしか

人間という生きものはバランスを取れないのでは?


残念で最悪な方程式ではあるが

法も秩序も関係なくある程度権力を持ったパラノイアは

ロシアにも中国にもアメリカにも中東にもアフリカにも

そして国家を背負わないテロリストにも

その危険分子は世界中にたくさんいる


皮肉なことに向こう岸の北もこの世界情勢を鑑みて

自らが核を持たなければ国家が滅ぼされるという

強烈な被害妄想を抱いた結果なのでしょう


現にその抑止力が効いて

大国も容易に手を出せないのも事実です


この先もずっとパラノイアが意図的に世界を混乱に陥れ

この先もずっと彼らが

傲慢極まりない理屈をこじつけながら世界を破壊します


大多数の優しき人々は直接的に、間接的に

ずっとその犠牲になります


なんの罪もない人たちが、反撃の手段を持たない者たちが

彼らの正義の下、殺されるのです


ババはババ、改心しません

ババはババでなくなることはないからババ


パラノイアは一種の病人です


後付けの理屈や妄想を吹聴しながら自らを盛り立て

それを正義として、または神として、

話をすり替え、聖戦とします


危険な病人が最強の武器を持ちました


中国もある、ロシアもある

テロリストもウヨウヨいる

こちらにとってのババはずっとなくなりません

この先もずっと未曾有の脅威に晒されるのでしょう


この世はそんなに崇高な場所じゃない


理解の枠を超える者がたくさんいる

残念な次元の残念な世の中です


ただそこにはどこまでも刷り合うことのない

それぞれの正義がある


その正義には理解可能なものから病的なものまでいろいろ

すなわち片岸に立った正義とは

単なる個々の自己満足にすぎない


今まではたまたま出会わなかったが

今後その異様な思い込みに直面したとき

やはりいい人のまま泣き寝入りしますか?


それもまた一つの道ですね

その方が人として崇高で気高いのかも知れない


ならばなにも先手を打たず

相変わらず性善説のなかで人を信じ

突然根拠もなく殺されてもみんなで我慢しましょう



この国は今、平和です

ただこれは借り物の平和です



借り物に全体重を乗せることは不可能だし

借り物は必ず返すときがくるでしょうね



人間最後は動物的本性が見え隠れする



喧嘩が弱くて優しいより

強くて優しいほうが最後に実がある



これが高度な文明を創りあげた人間という生きものの

いまいち崇高になりきれない性なのでしょう



草食動物より肉食動物のほうが

最後の最後のところは力ずくで支配してしまう

そういう単純な食物連鎖の本能が永遠にある



その抜けられない動物ワールドの中で

更にずっと小山の大将同士のババ抜きからも抜けられない

そういう運命的な構図がある





例えば、喧嘩が超弱いけど超頭のいい

どっかの偏狭思考のベジタリアンが

ミサイルとか核とか銃とか打たれても通用しない

瞬時に開く透明な電解磁気バリヤとかを開発してしまって

一瞬で日本列島全部を包んだり、一個人を包み

それをすべての国や人間に常備させ

いくら最新の兵器や銃やらナイフで攻撃しようが

なんの意味もないような世界を創りあげる

もはや武器は散々悲劇を生んだだけの

化石化した過去の産物となり

攻撃するという概念自体が無意味となり

人間の感性から退化してなくなる



その時はじめて野生動物と人間は

同じ動物でありながら明らかに別次元となる



そういうSF映画みたいなドラえもんみたいな痛快な

根本的大転換でも起こらない限り



結局は目には目を、牙には牙を、弱肉強食

という動物園のなかの話を永遠に繰り返すことになる



そのすべての構造を鑑みたうえで

重要な局面を迎えたこの国の行く末を

今、考えるときなんでしょうね



自分たちのためというより

これからを担う大切なこの国の子供たちのために・・














富士山.jpg























posted by 真中 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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