2017年05月28日

しあわせのはかりかた


3%の確率でも信じればやがて100%になりうる

元が0でない限り・・


90%でも100にならず0になることもある


3%でも諦めないか?

90%で過信するか?


100は遠くて近いもの

そして近くて遠いもの


0でない限り、可能性は常に流動する


5月の後に7月がくる確率は0

日本の8月が真冬になる確率も今のところ0%


そういう頓珍漢なこと以外

すべての事象は100になりうる


ここはゼロという無の世界じゃない

1以上の有の世界


生命が誕生した瞬間に”1”となり

我々は生きてさえいれば100へ向える

常に流動する動の世界に存在することになる


この世に誕生した人間は自動的に100を目指し

または今以上の数値を目指すようになる


その様はまるで本能的であり、先天性であり

生まれてから後発的に学習した感性ではなさそう


まるでそれが生きている証であるかのように・・


考えてみれば人は不思議な生きものだね



そしてやがて、時々、いや結構な確率で

上を目指さなくなるものだ


それは生命の本能に反しているのだろうか?

もしくはこの世に嫌気が差した反動だろうか?


今以上にあらゆる数値を上げることが

本当に幸せへの道なのだろうか?

下げてみることは幸せへとつながらないのか?


人はいつでも上を、今以上を目指すことが

人としてまともで健全なのだろうか?



そもそも100が何なのかもわからぬままに・・



毎度そこに

仕組まれたトリックのようなものを感じてしまう



今日も人々は何かを競っている・・おそらく本能的に



何の数値を基準にしているのかは知らないけれど・・




///////////////////




闇雲に努力して世間の基準に合う数値を上げたところで

それがすべて幸せに繋がるとはかぎらない

それは単なる見栄っ張りのすることかもしれない


自分にとっての100を見つけることのほうが

よほど有意義にみえる


根拠もなく世間一般の100に合わせひた走れば

時に空しくもなるし、くたびれちゃうんじゃないの?


その自分の100は他人から見れば

もしかしたらとても馬鹿げたことかもしれない









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ビールの泡の比率が多いと美味しくない確率は100

それでも美味しい確率も100・・(酒好きにとっては)



PS//

トランプはサウジアラビア外遊で演説し

テロリストは悪で我々は善である!

だから皆で協力してその悪を退治してください!

その先に幸があるのだから! そう言い放ち

異常な程多額の武器をセールスした後

アメリカに雇用が生まれる! と高笑いした


善悪を一方的に定義付け

すべてを平面ニ局でしか考えられない

世界を動かす権力者達の単細胞ぶりは興味深い


自尊心を満足させることと、幸をもたらすことは違う


我々世間一般の者たちはどうでしょうか?














posted by 真中 at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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