2017年02月16日

未だ及ばざる者たち


少し春めいた冷たい朝

今はまだ寒空の下の茶色い木々に

やがてくる黄緑色の若葉が脳裏を過ぎる


目に見えないもの・・

これからなるもの・・


それらのシグナルはすでに薫りはじめてる


まだ到達しないもの・・

及ばざるもの・・


それを求めもがき苦しむ様こそが

ほんとうは人間にとって一番の幸せかもしれない


及ばないから自然に考え、悩み、もがき苦しみ

そして躍動し、若返り、注意深く鋭敏となり

形振り構わず到達した姿へと向かおうとする


そこには必ず苦悩を伴い

その姿は人間の最上級の美点となる



過ぎてしまったもの・・

成ったもの・・

もしくは逆に、成りもせず、求めもせず、力みもせず


それらは不運のはじまり


冷め、衰え、老い、守り、鈍る

反動で表向きを着飾る以外道はなし


心着飾ればやがて枯れゆく


人は未だ及ばないがしかし諦めてもいないものを

ずっと持ち続けることで

多くを学びその生命を輝かせるのだね

それは職業や趣味や習い事でもなんでもいい


綺麗なものは買えるが

美しいものはお金で買えない


どれだけ綺麗なものを身の周りに集めてみても

全然美しくないものはこの世の中にたくさん


美点を所持するのに年齢は関係ない

老人とは心の劣化した者をさす


若くても老人がいて

年配でも若者がいる


楽をしたければ老人になること

そして我が不満を我が心の有り様以外のせいにすればいい

その濁り毒を全身に回してしまえば

一番ハイで楽になれる麻薬と同じ効果を見込める


若者はいつだって苦しいのだ

及ばざる者としての重荷を

自分のその腕でずっと抱え続けているのだから


その苦悩の重荷と幸の重量でヤジロベーはバランスを取る



幸せは慢性的な苦しみの中に・・



その苦が単なる陰惨な楽に替わった瞬間

ヤジロベーは転倒しほんとうの不運がはじまる



人は手っ取り早く苦しまずに

金も権利も、そして楽も自由も欲しがり

何かが少しばかり苦しいくらいで

欲求不満と不平不満を誰かにぶつけ


すでに最大の幸の真っ只中に居ながらも

それがわからなくなる


・・いきもの







PS//

”人は褒めて育てましょう”と誰かが言う

その意見を全面的に推奨する時代になった

人生というダイナミズムを綺麗ごとで固めたいのだろうか?


否定文を聞かずにそれを鵜呑みにして成人した者は

やがて屈折する

または修正するまでに結局かなり苦しむことになる


至極当然である

自然の摂理に逆らっているのだから


誰だって苦しみたくなく、否定されるのも嫌

楽が好きで肯定されたい


しかし現実は楽と同じだけ苦がそこにあり

肯定と同じだけ否定がある


今現在どちらに立っていようが

そのシーソーは常に入れ替わる


結局両者とも同じジレンマの中

同じ風船の中にいる


それらはいつだって等価であり

そこから人の世のあらゆる歪も進化も生まれるようだ


自分に降りかかるそれらをどう視るかにより

自らの周りに歪みも進化も生まれているようだ


それを時間軸に置いてみれば

すべては現実の現象が先ではなく

人の意志と心の有りようが先行し

後から現実がついてくるのかも知れない




誰かが大切なら


思い切り甘やかしてやればいい

その反面思い切り厳しい必要がある


思い切り守ってあげればいい

反面思い切り突き放す必要がある


その作用反作用は同じ価値があり

それを理解したとき人の心は深みを増すのだろう


自然界の一員である人間という生きものは

片方だけに寄れば屈折し萎んでしまう構図の中


その風船の中で、やはり大人たちは

愛を履き違えてしまう


とは言え、

それが上手くできれば誰も苦労しないのだが・・




この世には溢れこぼれて駆け引きしないものがある

そのこぼれた部分だけが

この世で唯一信じられるもの


肯定するだけじゃない

否定することも同等・・同時進行である


溢れこぼれるものとは

その両サイドにこぼれているものだ



人は当たり前のような顔をしながら

居心地のいい片側だけの正当性を主張し

やがてその反動がもどるとき

社会や他人のせいにしながら誰もが知らん顔をする

自らが片側だけを推奨した必然の反動にもかかわらず・・



卑怯な生きものである



片側だけに執着しこぼれたものは

こぼした側の単なる自己満足となる


例えば優しさとか愛だとか・・


そんなに都合よく気持ちいいだけのものなら

もうとっくに誰もが簡単に手に入れているはず


事実は偽物のほうが多いのだ

だから本物の優しさや愛に辿り着く者は少ない


それを疑いもせずにありがたがって受け取る者も

当然ながらその世界は小さく委縮することになる



どうすれば風船は大きく膨らむでしょうか?

または萎んでしまうのでしょうか?



どうすればこの世界は大きく膨らむでしょうか?

もしくは萎んでしまうでしょうか?



エネルギーを相反する方向へ同等にかけるなんて

そもそもできるのでしょうか?



それは本物の愛を持ち合わせなければできない業




それを人に求める前に

自が先にこぼしてみたら

どんな現実が起こるのでしょうね









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posted by 真中 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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