2016年05月04日

反射光


雨上がり

目映いほど真っ白い反射光


厚みのある空気のなかには

やや黄みがかった反射熱が溶けこんでいる


五月の強い風


もったりとしてボワンッ!!と体にぶつかるぬるい空気圧


若みどり色の街




生きている

様々なものが・・






江戸時代の画家 

伊藤若冲(いとうじゃくちょう 1716-1800)は

その精密な色遣いと

一切下書きせず一発で決める筆のタッチの精巧さで

現代の人々を魅了する



彼は言い残し逝ったのだ


”千載具眼の徒を竢つ”


千年後に理解できる人々に自分の絵を委ねる

自分の絵は千年後に理解される




東京都美術館 〜5/24まで

今朝”NHKスペシャル”で知り

必ず間近で見てみたいと想った




テレビ画面に映ったそれは

この風の向こう側に視えるような含みがあり

躍動する鮮度と生々しいほどの生気が宿っていた


彼は目に見えないものまでその筆先に描き出す

反射光の照射や浸透

それぞれの被写体が持つ重層された色彩まで



それは限りなく精密な化学であり

または膨大な宇宙観すら視て取れる



そう、彼の絵には生命の躍動する吐息が視える

限りなく透明で、限りなくシンプルで、限りなく素直だ



草、木、花、鶏、蛙、雪、そして陽射し

それらに宿る意志のようなものまで

控え目に、ときに力強く伝わってくる

真ッサラで健康な草木だけでない

病気や虫喰いに侵された葉の表情まで、あるがままだ



生命と、その存在への敬意がそこにある



ギラギラとした情熱で心眼を見啓き

その心が捉えた描写を寸分狂わず表現できた孤高の天才



正に”孤高”を全うしている



すべては深い描写からはじまるのだ、そう訴えかけてくる


そのとき

自らの思い込みを

その色眼鏡を

決してそこに入れてはいけないと・・




人はよく視もしないで

自我のフィルターを通しながら自分色の描写をし

一度認識したものはなかなか変えられない


そんな夢の中で生きるもの





孤高なものとは

たとえばビートルズの楽曲のように

時を越えてもなお新しい


色褪せない永遠の鮮度がそこにある






今朝外に出てみれば

そこにはいつものありふれた街の景色とは違う

躍動した鮮やかな色彩があり

その一瞬の輝きに魅せられ、少し気後れした



いつもの背伸びした灰色の街とアスファルト



強烈に照射された光と沈殿した空気を入れ替える強い風

一面を覆いつくした水滴、反射する淡い光り

そのフィルターを通しただけで

老体は産声をあげた生命のごとく

真新しいものに変化することがある



ほんのひと時だけのスペシャル



どこかの誰かみたいに

やがてすぐに変わる気まぐれな笑顔を見れたような



ラッキーな朝

一年のなかで特別な日



ちょっと大袈裟かな?






ただそれだけの

どこにでもある、ありふれた



特別な幸せ






心の眼を拓いたとき

それは現れる



自分の心が細部まで描写するか、しないか

自分の心が拾うか、または拾わないか



ただそれだけだな



ありふれたもの

普段はよくよく視てはいないもの

個々の観念でロックしているもの

目に見えていても、ココロには到達しないものたち・・



直射光はいつでも燦々と降り注ぎ

そしてひっそりとささやかな反射光が折り重なって佇む



いつだってそう

ひたすら目の前にそれは有る



ただそこに佇む空気が語りかけるものは

一度として同じことはない




それだけで満たされてゆく




今の私には

贅沢すぎるくらいに・・














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posted by 真中 at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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